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憲法を議論する前に、玉音放送の意味をあらためて考える

鈴木崇弘 城西国際大学客員教授(政治学)

 最近、ネット上で、玉音放送の現代語訳(あるいは口語訳)が話題になっているそうだ(注1)。玉音放送は、天皇と国民がコミュニケートした数少ない貴重な機会だった。また先日の園遊会で、山本太郎議員が原発に関する手紙を天皇に直接渡したことで、天皇と政治との関係が改めて話題になっている。その問題を考える上でも、玉音放送の意味は実は非常に大きいのである。

 玉音放送とは、天皇の肉声(いわゆる玉音)を放送したものをいうが、一般的には、1945年8月15日の正午から、日本の降伏を国民に伝える「終戦の詔勅」を流した日本放送協会(当時)のラジオ放送を指している。

 「堪えがたきを堪え、忍びがたきを忍び」の一節は非常に有名で、多くの方々も聞き覚えがあるだろう。だが、当時の放送を直接聞いた人もすでにかなりの高齢になり、また原文は若干難解であるため、全文をきちんと読み、意味を正確に理解している者は限られているだろう。

 そのような中、ネット上で話題になっていると聞き、筆者も同詔勅を何度も聞いてみた。そして、その言葉の意味の深さに非常に驚いた(注2)。

 ご存知のように、戦前の天皇制は、「何世紀も権威の中心として実権を持たず、その連続性が重視された天皇を中心にして、かつ伝統的な無答責の地位におくために工夫された」(注3)大日本帝国憲法に置かれていた。こうしたなか、昭和天皇が、存亡の危機的状況にあった日本の方向性について決定的な決断をしたのが、この終戦の詔勅であった(注4)。それにより戦争が終結し、戦後が始まったといえる。

 そして、この詔勅に書かれている言葉や考えは、ポツダム宣言受諾による占領前に表明されたものであり、まさに日本そして日本人のものであるといえる。

 これらのことを考えると、この終戦の詔勅は、日本の戦後、現在そして今後を考える上で、その土台とすべきものだろう。

 他方、現在の憲法改正論議は、日本国憲法が、時代や社会の変化との齟齬が生まれ、その制定過程において「押し付けられた」(注5)などという理由から起こっている(注6)。

 すでに、自民党の日本国憲法改正草案(2012年4月)、産経新聞の「国民の憲法」要綱(2013年4月)、評論家の東浩紀らのゲンロン憲法委員会による「新日本国憲法ゲンロン草案」(2012年7月)、民主党の憲法9条の改正案(2013年9月)などさまざまな改正案が作成されている。

 いずれにしても、憲法改正を議論し、考える上で、最も参考にすべき素材の一つが、戦後の日本の始まりを規定した、この「終戦の詔勅」なのではないかと思う。

 最近話題になった若手論客による著書『永続敗戦論』(注7)は、日本では「敗戦の否認」がなされ、戦後日本のレジームが規定されている面があると指摘している。筆者も、その指摘に同意するが、「終戦の詔勅」は日本の敗戦を明確に示しているのだと考えることができる。敗戦したという事実をまず謙虚に受け止め、卑下することなく、日本と世界の将来に向けて、日本人および日本がどうしていくか、その立ち位置に基づいて、今の日本国憲法とその改正をどうするかを考える必要があるのだと思う。

 また、「終戦の詔勅」には、天皇の平和への意志が表明されている。それは実は現憲法の前文および全体における重要なテーマの一つである平和主義にもつながっているのである。

 そのことを知っていただくために、この詔勅に書かれた具体的な言葉を、ここでいくつか挙げておきたい(注8)。

・(原文)抑々帝國臣民の康寧を図り万邦共榮の楽を偕にするは皇祖皇宗の遺範にして朕の拳々(けんけん)措かさる所

(現代語訳)

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