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[3]違憲状態政権説と権力分立

小林正弥 千葉大学大学院社会科学研究院教授(政治学)

非理性的・非合法的政治

 あえて「クーデター」というような刺激的表現が使われるのは、なぜだろうか? 立憲主義侵犯や解釈改憲などの批判は、法律的良識を持つ人々から見れば、この上なく重い批判であり、その政権は前近代的で非合理的政権であるという烙印を押されたも同じである。

 はっきりいえば、政治的に右の人も、左の人も、どのような政策を支持していても、法的良識や近代的理性を持つ人びとは支持してはいけない政権ということになる。他の様々な政策的問題とは異なり、その人の政治的理念やイデオロギーを超えて、このような結論になるということである。

 少なくとも、大学や中学・高校などの教育機関では憲法や法律の重要性を教えてきたわけだから、それを素直に適用すれば、そのようになるだろう。現場の良心的な先生達は、この閣議決定を学校などでどのように説明するか、困るのではないだろうか。

 現に、日本弁護士連合会は集団的自衛権行使容認に反対する決議を行い、閣議決定に抗議し撤回を求める会長声明を出している。この会は任意団体ではなく、日本の弁護士が全て加入しなければならないという強制加入団体だから、その意味は重い。
 (*詳しくは、山岸良太「なぜ集団的自衛権の行使容認に反対するのか――日本弁護士連合会の見解と取り組み」『世界』2014年8月号、155-161頁。日弁連副会長、第2東京弁護士会会長などの経歴を持つ山岸も、「クーデターに近い」と評している161頁

 実際、特に政治的に活発でない人でも弁護士など法律の専門家に尋ねれば、おそらく大半の場合にはこのような意見が述べられるだろう。実際に、全弁護士や司法書士などにアンケート調査をしてみたらどうだろうか? 法律の専門家がどのように思っているかが、わかるはずである。

 ただ、万人が憲法や法律に馴染んでいるわけではないから、これらの言葉を聞いただけではその意味がよくわからない人もいるだろう。多くの政治的問題は、その時はやかましく論じられていても、しばらくすると忘れ去られ、後で考えてみてもあまり人びとの生活に大きな影響を持たなかったと思われることがある。だから、この問題もそのようなものとして受け止められるかもしれない。

 ところが、クーデターや独裁、ファシズムということになれば、そうではないことは万人に明らかである。やがて、無実の人が逮捕・投獄されたり、さらには戦争が起こったりするからである。

 これは、まさしく市井の人びとの日々の生活に直結する大問題なのである。だから、そのような事態が進行しつつあることに気づいてもらうために、急進的な人は危機を伝えるために、いわばショック療法としてこれらの刺激的な概念を用いようとするのだろう。

 既に述べたように、「憲法クーデター」とか「憲政クーデター」というような概念は、単に政治的な批判というだけではなく、実は学問的・思想的に十分に考えられる説でもある。ただ、それでは刺激的に過ぎると考える場合には、これらの概念を用いずにその趣旨を伝えるために、「前近代的・非合理的・非理性的」というような概念を用いて、その政治や政権を形容するのがいいのではないだろうか。

 実際、憲法学者をはじめ、これまで非政治的な学究と見られた人々も含め、近年には見られないような規模で理性的な研究者の多くが批判的な見解をあえて公共的に表明している。
 (*たとえば、 平石直昭、松沢弘陽「日本政治思想史研究者の自衛隊海外武力行使構想反対声明」。この二人は、丸山眞男の影響を受けている代表的な日本政治思想史研究者であり、このような政治的問題に対して声明を出すのは、筆者の知る限りでは初めてである)

 これは、日本政治が非理性的・非合理的な方向へと進み始めているという危機感が識者の中で広がっているためである。

違憲状態政権説――非立憲主義的政権か?

 閣議決定が違憲で立憲主義違反であるとすると、そもそも安倍内閣自体が「違憲」で「非立憲主義」の内閣になったのではないか、という疑いが生じてくる。

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