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選挙権年齢の引き下げを!

鈴木崇弘 城西国際大学客員教授(政治学)

 筆者は、民主主義社会で社会の方向性を決定する際、より多くの世代(これから生まれてくる世代も含めて)の声が何らかの形で反映されることが必要だと考えている。

 そして、その社会に今後より長く関わる可能性が高く、さらに次の世代へのブリッジでもある若い世代の声が社会や政策に反映されることは、社会をサステイナブルに運営していくためには必須であるとも考えている。その意味で、選挙権年齢の引き下げなどを求める彼らの活動をサポートしている。

 その一環として、選挙権年齢および成人年齢とはなにか、個人の成長と教育(特に義務教育)との関係という課題に関心を持つようになった。本記事では、その点について論じてみたい。

 アメリカの公教育(主に義務教育)は、州によって異なるが、基本的に3つの目標がある。それは、個人が勤労者として生産活動に参加していける「知力」、市民として社会や政治的活動に参加していける「治力」、自分の個性を発揮していける「創造力」という3つの能力の獲得を助けることだ。

 一方、日本の義務教育の最終段階である中学校における教育の達成目標は、「小学校における教育の目標をなお十分に達成して、国家及び社会の形成者として必要な資質を養うこと」、「社会に必要な職業についての基礎的な知識と技能、勤労を重んずる態度及び個性に応じて将来の進路を選択する能力を養うこと」、「学校内外における社会的活動を促進し、その感情を正しく導き、公正な判断を養うこと」となっている。

 これらのことからわかるように、義務教育は、国により若干のニュアンスの違いはあるものの、ほぼ同様の内容を目標にしている。そして、義務教育は、社会活動をしていく能力の、少なくとも土台を形成する役割を担うことを意味している。

 別のいい方をすると、義務教育を修了した者は、それらの最低限の能力をすでに有していることを意味する。つまり、投票などの政治活動や社会的活動に参加してもいいと考えることができる。

 実際、日本では、義務教育を修了した者は、勤労に従事することが可能となる。

 他方、国際的にみると、義務教育を含めた就学期間は長期化している。日本でも高校に進学する者が97%を超え、高校が実質的に義務教育化しているのが現実だ。その場合、教育を受けている以上、社会活動に参加しておらず、成人にもなっていないので、選挙権をはじめとする社会参画の権利を与える必要はないという考え方もありうるし、実際そのような議論もある。

 次に、以下の表をみてほしい。

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