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[2]崩れている東西対立

大野正美 朝日新聞記者(報道局夕刊企画班)

 日本政府はマレーシア機撃墜事件後の7月30日に出た主要7カ国首脳の声明に加わり、ロシアに対し、「ウクライナにおける違法な武装勢力に対する支援を停止させ、ウクライナとの国境を保全し、武器、装備及び戦闘員の越境の増加を止めさせる」ことに同調した。

 日本政府が問題にするのは、ロシアが第2次世界大戦後の世界秩序を律している国際法および、紛争解決における武力の不使用の原則に反し、それらを大きく揺るがしていることなのだ。森喜朗氏の発言は、こうしたことにまったく触れていない。

「日本・ロシアフォーラム」の開幕式で基調講演をする森元首相。「ウクライナ問題に私たちはかかわる資格がない」と語った。着席の右から2人目はナルイシキン・ロシア下院議長=「日本・ロシアフォーラム」の開幕式で基調講演をする森喜朗元首相。「ウクライナ問題に私たちはかかわる資格がない」と語った。右から2人目はナルイシキン・ロシア下院議長=撮影・筆者
 さらに基調講演で森氏は、「しっかりした日ロ関係を打ち立てるために必要なことは、北方領土問題という第2次世界大戦終了以来、69年の長きにわたり、両国の間に突き刺さっているとげを抜くことだ」とも語った。

 しかし、北方領土問題もウクライナやクリミアの問題と同様、「長い歴史、それぞれの時代の複雑な関係」がからむと同時に、日本の「統一性、主権及び領土の一体性」、および国際法と紛争解決における武力の不使用の原則という戦後国際秩序の根幹にかかわる問題である。

 領土がらみの紛争に「長い歴史、それぞれの時代の複雑な関係」ばかりを強調していては、日本が北方領土問題の解決をロシアに要求する根拠は、限りなくあやふやになってきてしまう。

 また、ウクライナについて森氏は、「ロシアの国家、国民は、かつての領土だけに住民が多く住むこの地域をNATOに加えるというのでは、ロシアが不服を伝えるのは、私は十分に理解ができる」とする。「EUは、ウクライナのことを反ロシア戦線に巻き込んで、ロシアをたたくということを本当に考えているのか」とも語る。けれども講演にウクライナの国民のことは、まったく出てこない。

 日本・ロシアフォーラム直前の9月5日に、ウクライナ東部の武力紛争をめぐって停戦が成立した。この紛争をめぐる報道では単に「東部」と書かれることが多いため、誤解されがちだが、親ロシア派武装勢力が支配しているのは東端にあるドネツク、ルガンスクという二つの州の約3分の1の地域に過ぎない。

 それも親ロシア派勢力は、夏以降のウクライナ軍の攻勢で支配地域を大幅に後退させた後、ロシア軍部隊の強力な介入を受けて9月5日にウクライナ側に停戦をのませることで、ここまで盛り返した。

 ウクライナで親ロシア派とされたヤヌコビッチ前大統領やその与党の地域党がこれまでの大統領選挙や議会選挙で軒並み勝利してきたハリコフ、ドニエプロペトロフスク、ザポロージエ、オデッサなど、ロシア語を話す住民が多数派の東南部諸州に対する親ロシア派武装勢力の直接的な活動は、最も東でロシアに接するドネツク、ルガンスク両州を除けば現時点で及ばずにいる。

 5月の大統領選挙でも、こうした東南部諸州の住民は親欧米派のポロシェンコ現大統領を圧倒的に支持した。東端のドネツク、ルガンスク両州で親ロシア派武装勢力と戦っているウクライナ政府軍も、兵士の多くはロシア語を話す東部の出身者たちである。

 この状態を抜本的に変え、東端の2州以外の東南部諸州にまで親ロシア派武装勢力が武力を通じて支配地を広げるには、停戦前と比べてはるかに大規模なロシア軍部隊による全面介入が必要になることは確実だろう。

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