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北朝鮮問題は勇ましくなる前に冷静に考えよう

緊張緩和に向けて、対話による平和的解決を米国に強く働きかけるのが日本の役割だ

谷田邦一 ジャーナリスト、シンクタンク研究員

まるで開戦前夜のように

北朝鮮による核実験関連のニュースが大型ビジョンに映し出された=9月3日夜、東京・秋葉原北朝鮮による核実験関連のニュースが大型ビジョンに映し出された=9月3日夜、東京・秋葉原

 8月末、北海道の頭越しに新型ミサイルを飛ばしたのに続き、9月3日に6回目の核実験を強行した北朝鮮。「レッドライン」とされる、米本土を攻撃できる核ICBM(大陸間弾道ミサイル)の完成はカウントダウンに入った。在日米軍基地への攻撃も公言しており、日本はいまや経験したことがない未曽有の核危機に直面している。それなのに安倍政権の安全保障政策はいつもながらの「米国任せ」。せめて危機を乗り切るために、国民を巻き込む甲論乙駁(こうろんおつばく)の国会論議の盛り上がりを期待したいところだが、そうした前向きの姿勢は感じられない。このままでいいのか。

 「ヘタな動きを見せれば地球上から米国を永遠に消し去るという我々の意志だ」(朝鮮労働党機関紙「労働新聞」)
 「北朝鮮の全滅を望んでいるわけではないが、そうできる軍事オプションがある」(マティス米国防長官)

 まるで開戦前夜を思わせる威嚇の応酬だった。核実験の翌日、米朝は互いに軍事力の行使をちらつかせながら激しくののしり合った。米朝の対決姿勢はエスカレートする一途だ。

 金正恩労働党委員長の最終目標は、米本土を射程に収める核攻撃能力の完成にある。多くの北朝鮮研究者がそうみている。その見返りと引き換えに核・ミサイルを放棄する余地を見せた父、金正日氏との大きな違いだ。33歳の後継者は、できるだけ自国に有利な形で体制保証を求め、朝鮮半島統一の交渉にあたりたいと考えているようだ。それまでは米国との対話は避け、ひたすらワシントンやニューヨークなど米東海岸の政経中枢に届く核ICBMの完成めざして突き進む――。わかりやすいが、プロセスが一歩進むたびに背筋が冷たくなる。

トランプ政権が限定攻撃に踏み切れない理由

日米外務・防衛担当閣僚会合(2プラス2)に臨む(左から)小野寺五典防衛相、河野太郎外相、ティラーソン国務長官、マティス国防長官=8月17日、米ワシントンの国務省日米外務・防衛担当閣僚会合(2プラス2)に臨む(左から)小野寺五典防衛相、河野太郎外相、ティラーソン国務長官、マティス国防長官=8月17日、米ワシントンの国務省

 トランプ政権はなぜ暴走を止めるための限定攻撃に踏み切れないのか。

 日本や韓国が「人質」になっていることが大きい。北朝鮮は南北境界線近くにソウルを攻撃できる400門前後の長距離砲を配備、1時間に6千発以上の砲弾を浴びせることができる。日本を攻撃できる弾道ミサイル「ノドン」だけで約200発を保有する。限定攻撃が行われた途端、日韓両国が「火の海」になるのは明らかだ。

 1994年の第1次北朝鮮危機当時、全面戦争になった場合の犠牲者を、在韓米軍は「米軍5万2千人、韓国軍49万人、民間人100万人以上」と推定した。政治的なコストが大きすぎて安易に米国が手を出せないことを金党委員長は見抜いている。

 7月9日を境に、米朝のチキンゲームは新たなフェーズに入った。グアム周辺に4発の弾道ミサイル「火星12」を包囲射撃するとの声明を北朝鮮の戦略軍が出したのがきっかけだ。前日にトランプ氏がツイートで、米国をこれ以上脅せば「世界が見たことがない炎と怒りに直面する」と警告したのに呼応した形だが、北朝鮮は緻密(ちみつ)な計算にもとづき、米国が強気に出るタイミングを見はからっていたのだろう。

勘違いして裏をかかれた米国

 北朝鮮の発射予告は関係国に衝撃を与えた。米国ではマティス国防長官とティラーソン国務長官が連名で米紙に寄稿し、挑発行為を停止すれば「交渉の用意がある」と北朝鮮に呼びかけた。衝突寸前にまで迫った米朝のチキンゲームは、米側が先に軟化姿勢をみせた。金党委員長が「もう少し見守る」と発言したことでさらに気をよくし、緊張が和らいだかのように勘違いしてしまった。

 その裏をかくように、北朝鮮は8月29日、予告とはまるで違う北東方向の北海道沖に火星12を撃ち込んだ。予告では「日本の島根県、広島県、高知県の上空を通過し、3356.7キロの距離を1065秒間飛行したあと、グアムの周辺30~40キロの海上に落ちる」と詳細を明かしたように装ったが、これは巧妙な陽動作戦だったわけだ。海上・航空両自衛隊は、中国・四国の上空を通過する想定にもとづいてイージス艦や地上配備部隊(PAC3)を配置したものの、完全に裏をかかれ、北海道周辺の守備がおろそかになってしまった。

 火星12の飛行距離は約2700キロ、最大高度は約550キロ。海自のイージス艦が搭載する迎撃ミサイル「SM3ブロック1A」なら「辛うじて迎撃可能」(海自幹部)とされる状況だった。しかし、ニセ予告を真に受けたばかりに、部隊を南西方向にシフトしたため、万一、「日本に落下するような事態になったとしても撃ち漏らしの恐れさえあった」(防衛省幹部)という。まんまと北朝鮮のワナにはまってしまった。

 小野寺五典防衛相はミサイル発射後の記者会見で、防衛機密を口実にうまく取り繕った。自衛隊に迎撃能力があるのか否かを尋ねられた小野寺氏は「わが国の手の内のことなので、しっかりとした対応ができるということにとどめさせていただければ」と口をにごしただけだった。

核ICBMの完成まであと1、2年か

 北朝鮮が発射した弾道ミサイルは昨年24発、今年はすでに18発にのぼる。核実験を重ねることで核弾頭の小型化を進める一方、7月には米本土の一部に到達するとみられる新型の「火星14」の発射を2度成功させた。英国際戦略研究所のマイケル・エルマン氏や、北朝鮮分析サイト「ノース38」に寄稿しているジョン・シェリング氏ら多くの著名なミサイル研究者は、北朝鮮による核ICBMの完成を「1、2年」と予測するにまでになった。

 予想を大きく上回る進展ぶりは、北朝鮮関係者の証言によっても裏付けられている。

 昨年、韓国に亡命した北朝鮮の太永浩(テ・ヨンホ)元駐英公使は、韓国の記者団との懇談会の席で次のように述べた。脱北した外交官の中では最も地位の高い要人の証言である。信憑性は高い。

 「金正恩は2017年末までに核兵器を完成するという時刻表を組んだ。(韓国や米国は)核開発を中止させる物理的、軍事的な措置を取ることができないという計算がある」

 元公使の証言通り、北朝鮮が核ICBMの年内完成をめざすとすれば、完成度を高めるために今後、頻繁に北太平洋に向けて発射実験を重ねることになる。兵器としてのミサイルである以上、海上などの目標地点に実際に着弾させ、精度や性能を確かめる必要があるからだ。場合によっては、予告通りにグアム方向に複数の連射を行う可能性さえ排除できない。

 そうなれば、小野寺防衛相が8月10日の衆院安全保障委員会で答弁したように、海上自衛隊のイージス艦が加勢に加わる可能性が現実味を帯びる。小野寺氏は、同委員会で思わせぶりにこう答えた。

 「我が国への存立危機事態になって、(武力攻撃の)新3要件に合致すれば対応できる」

 単なる法律の説明だとすれば一般論としては正しいかもしれない。しかし、安倍政権は、グアムを攻撃するミサイルの迎撃について「一概に答えるのは難しい」として、安保法制国会で議論を避け続けた経緯がある。存立危機事態とはどんな事態か。グアム攻撃でそうした事態と認定される可能性はあるのか。そうした疑問に答えずして、軽々しく可能性だけを示唆するのは納得しがたい。

 とはいえ北朝鮮は「水爆実験」と称して大規模な破壊力をもつ核爆弾の実験を強行した直後である。しかも水爆を弾頭に載せて「米国を消滅させる」とまで公言しているのだ。

 グアムは朝鮮半島有事の際、空爆のために大量投入される戦略爆撃機の出撃拠点である。1950年の朝鮮戦争の時も同じだったが、今やアジア・太平洋地域における米国の核抑止戦略の要として位置づけられている。日本や韓国に差しかける「核の傘」の重要な根拠地ともいえる。安倍政権なら、そこが「消滅」する事態とは、まさに日本の「存立が脅かされる事態」と解釈しても何ら不思議はない。

その時、日本はどうすべきか

 水爆を保有したと宣言する北朝鮮が、このタイミングでグアムに向けて弾道ミサイルを発射するならば、米国が自衛権を発動してミサイル迎撃に踏み切る可能性は低くない。米軍は横須賀に前方展開させている第7艦隊のイージス艦をありったけグアム近海に配置し、グアム配備の戦略爆撃機の数を増やすだろう。韓国や日本の空軍基地には米本土からステルス戦闘機が大挙して集まり、北朝鮮への大がかりな攻撃態勢を敷くことになるかもしれない。

 その時、日本はどうするのか。

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