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安田純平さんが現れた

「忘れないで」の記事から5日後、テレビ画面に現れたのは間違いなく本人だった

石川智也 朝日新聞記者

フリージャーナリストの安田純平さん=2005年12月

突然現れた新映像

 シリアで武装組織に拘束されたまま3年が経ったジャーナリスト安田純平さんをめぐり、新たな動きがあった。WEBRONZAに「安田純平さんを忘れないで」をアップした5日後だった。

 7月6日早朝、日本テレビは「新映像入手」と題して、安田さんらしき男性が映る動画を流した。黒いTシャツ姿で椅子に座り、トレードマークの口髭と顎髭を生やした男性は「私は元気だ。すぐに会えるよう望んでいる。あきらめないでほしい。忘れないでほしい」とカメラに向かって英語で語った。

 安田さん本人とみて間違いない。「助けてください」と日本語で書かれた紙を掲げた囚人服姿の画像が公開されて以来、2年1ヶ月ぶりに表面化した動きだった。

フェイスブックに投稿された安田純平さんとみられる男性の写真。説明文には英語とアラビア語で「ジャーナリスト安田純平の新しい動画。健康状態、拉致された状況、動画の撮影日、家族へのメッセージを英語で話している」と書かれている=2018年7月

身代金目的の可能性

 動画はシリア人男性のフェイスブックにも投稿された。この男性は、2016年3月にも安田さんが映る1分余りの動画をネットに投稿した人物だ。このときと同様、安田さんを拘束している武装組織「シリア解放機構」(旧ヌスラ戦線)の交渉仲介者から入手したとしている。男性は当初、動画を渡すには多額の対価が必要としていたが、間もなく日本のメディアにも無償で提供した。

 今回の動画の長さは52秒。撮影日は「2017年10月17日」と安田さん自身が動画の中で語っている。その表情はやつれ、憔悴し、シリアに発つ直前に私が酒を酌み交わしたときの彼と比べて白髪も増えている。日焼けし精悍だった顔色も青白く見え、屋内で軟禁状態にあることを想像させる。日テレは、シリア解放機構に接触した人物が「安田さんの健康状態は非常に悪い」と話している、と報じた。

 17日夜には時事通信が、さらに別の安田さんの「新映像」が存在すると報じ、ギンガムチェックシャツ姿の安田さんの静止画を流した。「関係者」から提供された15秒程度の動画の一部だという。詳しい内容や撮影場所は不明だが、「今年6月撮影」としている。

 翌日には読売新聞も「シリアの反体制組織の関係者の男性」の話として、6月中旬撮影の新たな映像が存在すると報じた。この記事はテキストのみだが、男性によれば映像は約15秒間で、安田さんは家族に「会いたい」「助けてほしい」などと話しているという。安田さんはすでに旧ヌスラ戦線から別の組織に引き渡され、健康状態が悪い、という注目すべき情報も含まれていた。

 時事通信が配信した画像を見る限りでは、昨年10月撮影とされる動画と比べても、さらにやつれた様子がうかがえる。「健康状態が悪い」がもし本当だとすれば、人質の体調不良は拘束グループにとって解放交渉を急ぐ理由になり得る。とすれば、今回のような動きが続く可能性もある。

 ただ、これらの情報は、日本政府や家族との身代金交渉を進めたい武装組織側の偽装の可能性もあり、予断は持てない(かつてフィリピンで三井物産マニラ支店長の誘拐・身代金要求事件が起き、支店長の中指が切断されたような写真や、か細い声を録音したテープなどが報道機関に送りつけられたことがあったが、後に犯人グループの偽装と判明している)。

 いずれにせよ、今回の動画や映像は、2015年に「イスラム国」(IS)が後藤健二さんと湯川遥菜さんを拘束した際のものとは異なり、シリア解放機構の公式の動画ではない。身代金や解放の条件にも触れていない。旧ヌスラ戦線は表向きには誘拐ビジネスには関わっていないとの立場をとってきたが、実際には代理人を使って身代金交渉をしているとされる。また、ISと違って拘束した人質を殺害したことはないとされている。

邦人人質事件についての関係閣僚会議で発言する安倍首相(右から3人目)=2015年1月21日、首相官邸

安倍政権「テロリストと交渉しない」

 では、日本政府は安田さんの救出に向けて全力を尽くしているのか。

 外交マターで、人命に関わる微妙な案件でもあるため、政府は対応をいっさい明らかにしていない。安田さんの件は2年前に何度か国会質問で取り上げられたが、答弁はいずれも「情報収集など、しっかりと対応していきたい」。外務省邦人テロ対策室も「力を尽くしている」としか言わない。

 ただ、前回の記事でも触れたが、「危険地報道を考えるジャーナリストの会」のメンバーの独自調査では、日本政府がシリア解放機構の代理人に接触したり、アラブ諸国に仲介を求めたりしている感触や情報は得られなかったという。

 菅義偉官房長官が記者会見で「(身代金を払わない)政府の対応方針が変わることはない」と述べているとおり、安倍政権の中東政策は「テロリストと交渉しない」で一貫している。

 後藤さんと湯川さんがISに拘束されている間も、この姿勢は貫かれた。ISと個人的なコネクションがあるイスラム学者の中田考氏が、IS支配域での2億ドルの人道支援と引き換えに交渉を持ちかける提案をしたが、政府は「IS支援にもつながりかねない」として、この案を受け入れなかった。

 ドイツやスペイン、イタリアなど、自国民の救出のためには身代金の支払いを辞さない国もあるなかで、日本政府が強硬姿勢をとり続けるのは、対テロ戦争を進める米国の方針が背景にあるとの指摘もある(WEBRONZA「安田純平さんを救出するために(下)政府の対応/川上泰徳)。

米国はすでに方針転換した

 だが、その米国は、「テロリストに妥協しない」と、「人質解放のために全力を尽くす」を峻別しようとする姿勢に傾いている。

 ヌスラ戦線に2年間拘束されていた米国人フリージャーナリストが2014年8月に解放された際、当時のケリー国務長官は、身代金の支払いを否定しながらも「解放を支援する力になってくれる者、影響力を持っている者、手段を有するかもしれない者たちに緊急の助力を求めて20カ国以上の国々と連絡をとった」と明かした。そのうえで、「なお人質に捕られている米国人を見つけ、祖国に戻すために、外交や情報収集、軍事など、わたしたちが使うことができるあらゆる手段を使い続ける」との声明を出した。

 翌2015年6月には、人質事件への対応策を全面的に見直し、大統領令として発表した。それは、人質の安全と救出を最優先とし、人質の家族が身代金を払うことを認め、家族を支援して政府がテロ組織と連絡をとることを妨げない、という内容だ。前年に米国人ジャーナリストがISに殺害された際の政府の対応(特に家族に対して身代金支払いをしないよう圧力をかけたこと)が大きな批判を浴びたことを受けてのものだった。

 日本が「テロとの戦い」で歩調を合わせてきた米国は、すでに方針転換しているのだ。

「失敗」の原因、「検証」されず

 一方、日本では2015年5月、後藤さんと湯川さんの事件について、政府の検証委員会(委員長は官房副長官)が報告書をまとめたが、ふたりの殺害という結末について、こう評価した。

「外務省関係者が、現地の部族長や宗教関係者に連絡をし、日本の中東への貢献等の情報を現地に発信するよう依頼するなど、2名の邦人を解放するために何が最も効果的な方法かという観点から、あらゆるルート・チャンネルを活用したと評価できる」

「全体としてみれば、取りうる手段が限られた中で政府はできる限りの措置をとり、国際的なテロとの戦いやヨルダン政府との関係で決定的な負の影響を及ぼすことは避けられたとの評価も有識者から示された」

 ふたりの解放のためにできたこととできなかったことは何なのか、具体的に政府は何をしたのか、何が足りなくてあのような結果になったのか、「失敗」の原因は十分に「検証」されていない。直前に安倍晋三首相がカイロで「『イスラム国』と闘う周辺各国に総額2億ドル程度、支援をお約束します」と宣言したことが、ISに宣戦布告と受け取られたのではないか(ISは身代金に2億ドルを要求した)、という指摘については、「スピーチの内容・表現には、問題はなかったと判断される」と結論づけた。

自国民の救出に最善を尽くす国家の責務

 前回の記事で私は、後藤さんや安田さんに対して国民や政治家から強い「自己責任」批判があったことを、特異な日本的現象と論じた。追記しておけば、後藤さんが殺害された直後、オバマ大統領は「後藤さんは勇敢にもリポートを通じてシリアの人々の苦境を外の世界に伝えようとした」と讃える声明を出している。

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