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米朝の行方(1)トランプに「失敗」の文字はない

ポンペオ訪朝の突然の中止で不透明感を増す米朝交渉。ワシントン特派員が先を読む

園田耕司 朝日新聞ワシントン特派員

シンガポールで開かれた初の米朝首脳会談で記念写真に納まる北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長(左)とトランプ米大統領=2018年6月12日、朝鮮通信

ポンペオ訪朝、突然の中止

 シンガポールで行われた歴史的な米朝首脳会談から2カ月半が過ぎた。北朝鮮の非核化をめぐる米朝交渉は難航を続けているなか、トランプ米大統領は8月24日、ポンペオ米国務長官が予定していた訪朝を中止する意向を突然表明した。さらに対外的には初めて北朝鮮の非核化に「進展がない」と不満を示した。

 トランプ氏は6月の米朝首脳会談以来、北朝鮮の金正恩(キムジョンウン)朝鮮労働党委員長との友好関係を構築したとの理由で、北朝鮮が核ミサイルを保持している現状においても米国に対する「核の脅威はなくなった」との考えをもち、正恩氏の非核化への取り組みに満足するそぶりを見せていた。

 ただし、現実はそもそもの米朝首脳会談で「朝鮮半島の非核化」という極めてあいまいな表現で合意したため、米朝間で外交上の駆け引きが演じられ続けたとしても、北朝鮮の非核化が本質的な意味で進展する可能性は低い。北朝鮮に寛容な姿勢を見せていたトランプ氏が態度を硬化させ始めたことで、米朝交渉の先行きはさらに不透明感を増している。

 本稿では、米朝首脳会談後以降のトランプ氏の動向と関心を分析するとともに、今後のトランプ米政権の対北朝鮮政策のシナリオを考えてみたい。

トランプが初めて外に見せた北朝鮮への不満

並んで歩くポンペオ米国務長官(左)と金正恩朝鮮労働党委員長=労働新聞ホームページから
「私はポンペオ氏に訪朝しないように要請した。なぜなら、現段階では、朝鮮半島の非核化に関して重要な進展が見られないからだ」

 トランプ氏は8月24日午後、立て続けに三つのツイートを投稿し、米朝交渉の米側の責任者であるポンペオ氏の訪朝中止を発表した。ポンペオ氏は前日の23日に記者会見を行い、自身の訪朝を発表したばかり。トップダウンによる突然の取り消しは極めて異例である。

 米国務省当局者によると、トランプ氏は米ホワイトハウスの国家安全保障チームと協議して決めた。別の米政府関係者によると、トランプ氏の意向はボルトン大統領補佐官(国家安全保障担当)の影響を受けた可能性があるという。

 ポンペオ、ボルトン両氏はほぼ同時期に更迭されたティラーソン国務長官、マクマスター大統領補佐官のそれぞれの後任として就任した。ポンペオ氏は強硬派でありながらもトランプ氏の意向を受けて交渉をまとめようとしているのに対し、ポンペオ氏を上回る最強硬派のボルトン氏は「リビア方式」を提唱するなど北朝鮮側を強く刺激する発言を繰り返しており、政権内ではお互いの意見対立がささやかれている。

 元米国務次官補代理(核不拡散担当)のマーク・フィッツパトリック英国際戦略研究所(IISS)米州エグゼクティブディレクターは筆者の取材に対し、トランプ氏の今回の決断を「北朝鮮が非核化を進めていないことに対する不満の表れ」と語った。トランプ氏はこれまで6月の米朝首脳会談を「成功」と自賛し、米朝交渉が順調に進んでいないと指摘されると、「フェイクニュース」と反発。トランプ氏は内部で側近に不満を漏らすことはあったものの、対外的には示すことはなかった。

 しかし、北朝鮮をめぐっては最近も、国際原子力機関(IAEA)が「(北朝鮮が)核開発計画を継続し、さらに発展させている」という報告書をまとめたうえ、米国の北朝鮮分析サイト「38ノース」もミサイル関連施設の解体作業が停滞している、という分析結果を発表。フィッツパトリック氏は「(トランプ氏が)対外的に問題があることを認めたことは新たな展開だ」と語る。

 ただし、トランプ氏は6月の米朝首脳会談前にも一時、首脳会談の中止を表明し、外交上の駆け引きを演じたことがある。今回も「私は彼(正恩氏)とすぐに会うことを楽しみにしている」とツイートし、北朝鮮側と協議は続ける意向を示している。トランプ氏がすぐさま昨年の「炎と怒り(fire and fury)」のような強硬姿勢に転じるとは考えにくく、米朝交渉に詳しいワシントンの外交筋は「トランプ氏による北朝鮮への警告だろう」と語る。

トランプの米朝外交はワシントンの外では評価されている

 トランプ氏はこれまで6月の米朝首脳会談を「成功」と自賛し続けてきた。

 「金正恩はすごく前進している。9カ月間にわたって核実験はないし、ロケットも打ち上げていないし、ミサイルも日本上空を飛んでいない。我々は3人の人質も取り戻した。彼(金正恩)はとても賢いし、我々はとても素晴らしい関係を築いた」

 トランプ大統領が7月26日、米イリノイ州での集会でこう語ると、参加者たちは口笛を吹き、大きな拍手を送った。

 トランプ氏が最も重視しているのが、11月6日の中間選挙である。ロシア疑惑をめぐる自身の弾劾裁判を防ぐためにも上下院における共和党の多数を維持することは重要であり、トランプ氏は中間選挙までに全米50カ所を回って共和党候補を応援する意向を明らかにしている。

 その支持者向けの演説で、北朝鮮部分はトランプ氏の「十八番」と言える。トランプ氏の毎回の主張をまとめれば、(1)米朝首脳会談の結果、北朝鮮は核実験やミサイル発射を行わなくなり、平和が実現された。(2)トランプ、正恩両氏との関係は良好であり、正恩氏は首脳会談での約束通り非核化に取り組んでいる。(3)にもかかわらず、こうした事実をメディアは伝えておらず、米朝交渉が順調に行われていないといった「フェイクニュース」を流し続けている――という点である。

 トランプ氏が好んで北朝鮮問題を演説で取り上げるのには理由がある。

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