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自民党総裁選が示す自民党の劣化

不安に駆られ、挑戦者との論争から逃げる安倍首相

山口二郎 法政大学法学部教授(政治学)

 今回の自民党総裁選挙は、安倍晋三首相の論争回避によって政策議論が盛り上がらないと言われていた。その上、告示直前に台風被害、大地震などの大規模災害が勃発し、現職首相の側は圧倒的優位に立っていると思われる。その意味では不毛な選挙だろうが、自民党という組織の自己保存能力が危機に瀕していることをうかがわせる点では、戦後政治史上に残る意義深いものとなるだろう。

 長い間自民党では、総裁選挙は次代の総理・総裁を目指す政治家が勝敗を度外視して、国民に向けて存在感をアピールする機会であった。公職選挙法の埒(らち)外である総裁選では血みどろの金権選挙が繰り広げられたこともある。それが政治腐敗の一因となったことは確かである。しかし、複数の指導者が権力を求めて戦うことの付随効果として、政策論争が起こり、政治のイノベーションの原動力が生まれたことも確かである。

 今回の総裁選挙では、安倍首相自身の権力過信と他の政治家の怯懦によって競争は実現されなかった。まず、安倍首相の権力過信について見ておきたい。首相はこの総裁選に当たって、石破茂氏が圧倒的な劣勢に立つことは明らかでありながら、自らに挑戦する者の存在自体を許さないという態度で臨んだ。それは、敵対する者への脅しと味方に付く者に対する徹底した恭順の要求である。これは敵に対しても、味方に対しても、恐怖心を喚起することによって権力闘争を勝ち抜くという発想である。そして、恐怖による支配に頼る権力者は、自分自身が恐怖心の塊なのである。

異様な総裁派閥の締め付け

総裁選の選挙対策本部の発足式で高市早苗氏(中央右)の音頭でエールを送られ、笑顔を見せる安倍晋三首相(中央左)=9月3日、東京都千代田区
 7月初めには西日本で前例のない集中豪雨の危険があると気象庁が警告していたにもかかわらず、首相は「赤坂自民亭」という宴会に参加した。これは当選回数の少ない議員を籠絡するためのサービスであった。9月初めに大型台風が関西を襲った直後も、予定通り新潟県の視察に出かけた。6年前の総裁選における地方票で、新潟では石破氏に大きく後れを取ったことを根に持ってのことといわれている。メディアが健在ならば、国難そっちのけで自分の総裁選挙を最優先すると厳しい批判を浴びたに違いない。また、首相が属する細田派の議員には首相を支持するという誓約書を書かせた。少数派の反乱軍が結束を強めるために血判状を書くというのは聞いたことがあるが、総裁派閥の締め付けは異様である。

 安倍首相の支持基盤がイエスマンだらけの自民党議員の追従という中身のないものとなりつつあることは、安倍首相自身が察知しているのだろう。だからこそ、イエスマンに何度もイエスといわせないと不安で仕方がないのだろう。また、安倍陣営は石破氏が唱えた「正直・公正」というスローガンは個人攻撃だと文句をつけた。政治家として当たり前すぎる徳目さえ自分への攻撃と受け取るのは、安倍首相とその取り巻きがどれだけ猜疑心の塊になっているかを物語る。

最高権力者としての度量に欠ける安倍首相

 不安に駆られる権力者は、挑戦者との論争から逃げる。そして、絶対的な味方と内輪向けの話で虚勢を張る。石破氏からの公開討論の呼びかけには後ろ向きだったが、身内相手には自分を語ることを好む。8月26日に鹿児島で出馬表明をしたとき、桜島を背景に決意を語る様子をNHKは特番で実況中継した。今やNHKは安倍政権の広報機関となっている感があり、首相にとってはホームグラウンドでのパフォーマンスだったのだろう。また、「虎ノ門ニュース」というネットのトーク番組には登場し、自らの政権の実績について得意げに語った。この番組を制作しているDHCという化粧品会社は今までも自社の番組で、沖縄の基地反対運動を中傷する根拠のないデマを流し、この番組を放映した東京MXテレビはBPO(放送倫理・番組向上機構)から放送倫理違反との警告を受けたことがある。要するにネトウヨの巣窟に喜々として出向いて、百田尚樹氏などの右翼作家と意気投合していたのである。

 9月初旬の台風、地震への対応においても、災害時には政府を批判しにくいという雰囲気に乗じて、これらを利用しているとしか思えないことが起こっている。大災害に際して、首相が最高指揮官として獅子奮迅の働きをしているというイメージを広げたいという気持ちはわかる。しかし、功名心に駆られて民間企業に対して実現可能性の検討なしに指示を出すとか、犠牲者の数を首相自ら会見で述べるなどといったことは、政治主導の空回りである。首相の発表をそのまま流すNHKや新聞も、災害時には首相を前面に出さなければならないと忖度しているのだろうか。日本人は北朝鮮の国営テレビを嗤(わら)えなくなった。

 要するに、安倍首相には国政を預かる最高権力者としての度量、賢慮、威厳というものがないのである。不安に駆られる権力者は不安を埋めるためにより大きな権力を求め、それが権力者を一層卑小な存在にしている。

ポスト安倍の人材難は深刻

 このような権力者に対して挑戦するのが石破氏一人というのが自民党の現状である。特に、岸田文雄政調会長が迷った揚げ句に不出馬、安倍支持を表明したことは自民党の将来にとってマイナスである。岸田氏は、総理・総裁の器ではないことがはっきりした。となると、安倍首相の次の首相候補は、石破氏しかいないことになる。ポスト安倍の人材難は深刻である。今までの自民党政権を振り返ると、佐藤栄作、中曽根康弘、小泉純一郎の長期政権の後には必ず混乱が起き、短命なリーダーが続いた。理由はそれぞれ違うが、長期政権の中で傲りや腐敗がたまり、世代交代が円滑に進まなかったことは共通している。自民党が生き残るためには、小泉進次郎氏をリーダーにするしかないのだろうが、原発などの重要政策で独自の見解を持つ小泉氏が自民党の殻に収まるかどうか、不明である。

 安倍首相が3選を果たした後の政権の行方について、考えてみたい。政策課題について、実は安倍政権は見るべき成果を上げていない。首相は外交を得意とすると自称するが、

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