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[117]善と悪の境目がないことが気持ち悪い

金平茂紀 TBS報道局記者、キャスター、ディレクター

講演する辺見庸氏講演する辺見庸氏=撮影・筆者

12月18日(火) 午前中に「報道特集」の定例会議。虚ろな気持ちが流れる。今日で満65歳になった。きのうと今日では何の違いもない。年齢という区切りは、ある種の認識の整理のきっかけにはなる。絶対的な孤独と向き合うこと。そのことを苦業と感じない強さが自分には必要だ。

 局から貸与されているパソコンを新しいものに換えてもらう。今までのものが耐えがたいほど重く遅くなった。何だかもろもろの気分を変えたいと思い、一度帰宅してプールで泳ぐ。心身のバランスを保つためだ。

 その後、18時30分から新宿の紀伊国屋ホールでの作家・辺見庸さんの講演会へ。本屋さんでスラヴォイ・ジジェクの『絶望する勇気――グローバル資本主義・原理主義・ポピュリズム』を買う。年末年始の時間を使って読もう。

 辺見さんのイベントは、新作小説『月』の刊行記念講演会。辺見庸の講演会を聴くのは久しぶりのことだ。前回もこの紀伊国屋ホールだった。会場は満席だった。辺見庸の激越な言葉を求めて、わざわざ肉声を聴きに来る人々がまだこれだけいる。風邪を引いているとのことで体調が悪そうだ。講演会後のサイン会は中止になった。始めるまでの間、ホール内には、バーバーの「弦楽のためのアダージョ」がずっと流れていた。

 <今、世界が、この国が、すがれて(尽れて)いる。『月』を自分でもまだ対象化できていない。『月』という不穏な小説を書いたことによる「報い」のようなものを待っているような気持ちがある。行旅死亡人という存在の消え方にノスタルジーを感じる。善と悪の境目がなくなったことが気持ちの悪さの源泉だ。写真家ジャコメッリの『スカンノの少年』の時空間の不確かさこそが我々のリアルではないのか。死にゆく者の側からみた風景。人間は例外なく障害者だと思っている。健常と障害の2項対立ほど不毛なものはないと思っている。4K、8Kが前進だとは微塵も思っていない。中島敦の『セトナ皇子』という少作品。なぜあるのか。なくてもよいだろうに。「ある」ということは「ある」んじゃない、あってしまうのだ、「あられる」のだ。韓国の徴用工判決。日本のこの異様な反発は何なんだろう。そこにはやや軽侮な響きがある。我々は「与死」をどこかで肯定してしまっている……>

 辺見庸は2時間40分にわたって、この国に蔓延している「気持ちの悪さ」について発言し続けた。NHKのカメラが2カメ入っていた。辺見さんと言葉を交わそうと、帰りを紀伊国屋書店前で待っていたら、やって来た。「よお、久しぶり」「智子さんも来てたんですよ」「そうかい」。何人かのファンが待っていて握手を求めていた。辺見さんは足早にタクシーに乗り込んで帰って行った。

ゴーン再々逮捕、国家機関の「意志」

12月19日(水) 朝、早起きしてプールで泳ぐ。「毎日新聞」のコラム原稿を書く。辺野古土砂投入のテレビ報道をめぐって。局内の聞きたくもない情報が自然と耳に入ってくる。

 21時からスタンダップ・コメディアンの松元ヒロさんとCS「ニュースの視点」の収録。去年もやった楽しい「年録」企画。松元ヒロさんはホントに素晴らしい! ゲストの木内みどりさんとわいわい2018年をふり返ったら、あっという間に時間切れ。その後、お会いしたHさんによれば、NYの映画プロデューサー、リンダ・ホーグランドさんが骨折したとかで、これから手術とか。いろいろなことがある。65年も生きてくると。

12月20日(木) 今年、取材でお世話になったEさんと待ち合わせるため移動中に思わぬ出来事となる。ドライバーのSさんの沈着な行動に頭がさがった。

 ある人の情報では、米CBSのムーンベス元会長の巨額退職金136億円が支払われないことになったという。ムーンベス元会長は今年の9月にセクハラ疑惑で辞任していた経緯がある。N弁護士と連絡。日本が国際捕鯨委員会から脱退へとの速報。さらには、東京地裁が、検察側が求めていたカルロス・ゴーン日産前会長とグレッグ・ケリー日産前代表取締役の拘留延長を却下する決定を下したとのこと。これは異例の展開だ。2人が保釈される可能性が出てきたとの報道も出始めている。東京拘置所前にはすでにたくさんのカメラ・記者らが集まっているという。

12月21日(金) 朝、早起きしてプールへ。ひたすら泳ぐ。今日の朝刊はゴーン前会長の拘留延長却下のニュースがかなり大きく扱われている。そうしたなか、今日、何と地検特捜部がカルロス・ゴーン前会長を特別背任で再々逮捕した。これでゴーン前会長は東京拘置所内で越年することになった。何という急展開か。ここまではっきりとした国家機関の「意志」をみせつけられたケースは異例と言えば異例だ。むしろ露骨といった方がいいか。

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