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「選挙イヤー」に考えるネット選挙の実態と懸念

「理念なき解禁」から6年、加速するイメージ政治と停滞する選挙制度改革

西田 亮介 東京工業大学リベラルアーツ研究教育院准教授

ネット選挙に対応するため、SNS用に候補者を撮影する選挙事務所のスタッフネット選挙に対応するため、SNS用に候補者を撮影する選挙事務所のスタッフ

2019年は「選挙イヤー」

 2019年は、国と地方の選挙が相次ぐ「選挙イヤー」である。

 夏には、半数の議席が改選される参議院選挙がある。それに先立つ春には、多くの地方選挙が集中する統一地方選が行われる。参院選は3年ごとに、統一地方選は4年ごとと決まっているので、12年に一度、両者が重なる年は選挙が集中する年になる。干支(えと)にちなんで「亥年選挙」の年とも言われる。

 日本の選挙制度を規定する公職選挙法は、投票の直接間接の呼びかけなどの選挙運動(総務省の見解によると「特定の選挙について、特定の候補者の当選を目的として、投票を得又は得させるために直接又は間接に必要かつ有利な行為」)を、選挙運動期間の限定された期間を除いて禁止している。

 この選挙運動の期間は、たとえば国政選挙であれば、公示から投開票日前日までの期間、衆院選が12日間、参院選が17日間である。各陣営が選挙運動を展開できるのはこの期間に限られ、国民もまた、政治と選挙について強い関心を払うのはこの時期である。

急造感が否めない2013年のネット選挙解禁

 現在では、選挙になると、各候補者や政党がインターネット上のキャンペーンを展開する。2013年の公職選挙法の改正で、インターネット選挙運動(以下、「ネット選挙」)が解禁されたためだ。モバイル機器やPCからの投票(オンライン投票)は依然、制限されているが、選挙運動にインターネットを活用することは、相当程度広く認められている。

 筆者は2013年のネット選挙解禁を「理念なき解禁」と批判してきた〈拙著『ネット選挙 解禁がもたらす日本社会の変容』(東洋経済新報社)、『ネット選挙とデジタル・デモクラシー』(NHK出版)〉。第一に、他国の事例や学説を見る限り、新しい手法の導入が選挙に大きく変化をもたらすとは必ずしも言えないこと。第二に、ネット選挙といっても、従来選挙と同様、電子メールの利用を候補者や政党などに限定したり、ネットの有償広告を政党などにのみに認めたり、有権者よりも政党有利な構成になっていたからだ。

 電子メールの利用は禁止する一方、SNSのダイレクトメッセージの利用は認める。また、ビラやポスターの枚数や大きさ、証紙の貼りなどの制限を付けは残しながら、ネット選挙では量的規制は設けないなど、利用者の利便性や公選法全体の整合性に配慮したとは言い難く、急造感が拭えないものだった。これらの問題は、現在も残されたままである。

ネットと政治・選挙の関係は

metamorworks/shutterstockmetamorworks/shutterstock
 しかし、世間の当時の反応は、どちらかといえば肯定的であった。ちょうど普及期にあったソーシャルメディアやスマートフォンを駆使することで、日本の政治が変わるのではないかという機運が社会に存在したのだ。

 ジャーナリストの津田大介はそうした空気を「動員の革命」と呼んだ〈『動員の革命――ソーシャルメディアは何を変えたのか』(中央公論新社)〉。まさにネット選挙解禁前夜の期待感を体現した表現だったといえるが、実際には、事前に喧伝されたような国政選挙の顕著な投票率の向上は若年世代についても認められなかったし、選挙にかかる資金も、従来の選挙運動はそのまま残したうえでネット選挙も展開するので、その分が上乗せされ、低減したとは言い難い状況であった。

 それから6年。ネット選挙の現状はどうなっているのか? 「選挙イヤー」の2019年にあたり、あらためて考えてみたい。

目立つInstagramなどの非テキストSNSの活用

 現在、ネットと政治をめぐる状況が活況を呈しているとはいえない。どちらかといえば、かねてから提唱されていたことが、ひとつひとつ丁寧に検討されているといった状況だろう。昨年、自民党の小泉進次郎衆院議員らが若手のオピニオン・リーダーらと提唱した「PoliTech」が話題になった。AIなど新しい情報技術を使い、政治を革新しようというものだが、その中身はいまだに見えてこないままではある。

 そんななか、近年目立つのは、Instagramなどの非テキストSNSの活用である。いうまでもなく、Instagramはテキストではなく、画像や動画を通じたコミュニケーションを中心とするSNSだ。一般的な商品のプロモーションや観光地のPRなどでは「インスタ映え」がキーワードになるほどに、Instagramの活用は今や活況を呈しているが、選挙運動や政治活動でも、こうした非テキストSNSが盛んに活用されるようになっている。

 例えば首相官邸は2017年末からInstagramを使ったコミュニケーションに注力している。さらに、2018年の自民党総裁選で、安倍晋三、石破茂の両陣営とも活発な投稿を行ったことも記憶に新しい(投票結果への影響は定かではないが)。

より洗練された戦略と戦術が登場

首相官邸のインスタグラム 首相官邸のインスタグラム
 Instagramの政治利用というと、政治を熟知した人ほど「そんな馬鹿な」と思うかも知れない。だが、大統領選挙へのロシアの介入が疑われるアメリカでも、Instagramを使った介入が指摘されているし(SNSに大量投稿しトランプ氏を支援--ロシアによる選挙干渉の実態が報告書に)、昨年の沖縄県知事選挙でも、誹謗中傷と思しき画像がネガティブ・キャンペーンとして流通した。

 若年層のユーザーや女性といった政治から縁遠い、すなわち政治の側からすると訴求しがいのある対象がInstagramユーザーには多いとされている。日本の選挙運動/政治活動/政治キャンペーンは世界のそれらや民間手法の後追いが多く、恐らく今後、もちろんそこには今年の大型選挙も含まれるわけだが、より洗練された戦略と戦術が登場すると考えてほぼ間違いない。

 ただでさえ、政治優位のネット選挙解禁がなされている状況だけに、ジャーナリズムはこれにどのように対処するのか。それらを有権者、生活者向けに、いかに読み解いていけるかが問われている。

広がる「イメージ政治」どう向き合うか

 筆者はこれまでの著書で、政治が理性よりもイメージで駆動し、政治がその状況を積極的に活用するような状況を「イメージ政治」と呼んできた〈『情報武装する政治』(角川書店)、『メディアと自民党』(角川新書)〉。

 従来のテキストを中核に据えた、短文中心のテキストベースのコミュニケーションでも、政治は組織的な投資を行い、戦略と戦術を持ってイメージ政治を加速させてきた。テキストがハッシュタグなど明らかに従属的役割に転じているInstagram(に限らず最近のSNS)では、それはさらに進み、画像や動画の加工は当たり前になりつつある。

 加工された情報から受け手が何を読み取るかは、当然ながら受け手に委ねられている。とはいえ、古典的なメディア論の知見を引くまでもなく、情報の発信者は、同時に情報の加工者でもあり、政治的動員を図るため、情報の加工に投資し、コストを掛けるものである。それに対し、多くの場合、情報の受け手や消費者はあまりに無防備だ。政治や選挙においては、受け手たる有権者が、どんな政治情報に接触しているかアラートできるかが、今後ますます重要になってくる。

 ソーシャルメディアでの情報流通の重要性が増していくなかで、非テキストSNSを中心とするイメージ政治とどのように向き合っていくのかという問題は、情報と政治の関連を考えるにあたり、射程の長い問いとなるのではないかと筆者は考えている。

オンライン投票は例外的な状況に限定して利用

 ところで、ネット選挙についての現実的な提案ということでは、総務省の「投票環境の向上方策等に関する研究会」が2018年に公開した報告書が参考になるだろう。この研究会では直近の期に「投票しにくい状況にある選挙人の投票環境向上」と「選挙における選挙人等の負担軽減、管理執行の合理化」が検討された。

 ネット選挙やオンライン投票と関係するのは前者だが、そこで議論の俎上(そじょう)にあがっているのは、「不在者投票の更なる利便性向上」「障害者等の投票環境向上」「在外投票の利便性向上(インターネット投票)」「洋上における投票の利便性向上」である。要は、例外的な状況に限定した利用を推進していくべきであると述べられている。例えば、従来、在外投票に際しては現地の大使館を尋ねる必要があったが、地理的制約などもあり、その解消にオンライン投票が可能ではないかとされる。

 総務省が初めて、ネット選挙をはじめとする投票環境の向上に対して、少額とはいえ予算措置を講じたことも注目に値する。「平成31年度総務省所管予算 概算要求の概要」によれば、「主権者教育の推進と投票しやすい環境の一層の整備」という項目に「投票しやすい環境の一層の整備」として、3.2億円の予算が計上された。

 説明には、「条件不利地域の者など投票しにくい状況にある選挙人の投票環境の向上を図る観点から、 在外選挙人が投票しやすい環境を整備するための取組(検討)等の推進」と書かれているのみで、具体策は判然としないが、各種の報道などを総合すると実証実験などが想定されているようだ。

ネット投票はリスクを踏まえた議論を

可児市市議選でトラブルを起こした電子投票機器を調べる岐阜県選管の職員ら=2003年12月18日、可児市役所可児市市議選でトラブルを起こした電子投票機器を調べる岐阜県選管の職員ら=2003年12月18日、可児市役所
 こう書くと、オンライン投票に向けて期待が高まるかもしれないが、
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