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米朝関係悪化の一因?情報機関が注目するある事件

スペインの北朝鮮大使館襲撃事件で取りざたされるCIAの関与 

高橋 浩祐 国際ジャーナリスト

donfiore/shutterstock.comdonfiore/shutterstock.com

犯行現場はスペイン・マドリード

 今、世界の外交官や情報機関に関わる人々の間で、注目を集めている事件がある。このところ対米交渉の中止と核ミサイル実験の再開をちらつかせ、アメリカ相手に再び強硬姿勢を示し始めた北朝鮮だが、その一因になっている可能性がある。

 それは、金曜午後の平日白昼に起きた、実に大胆不敵な犯行だった。

 事件は2019年2月22日、スペインの首都マドリードで起こった。スペインのエルパイス紙など現地メディアの報道によると、同日午後3時ごろ、マドリード北西部アラバカ地域の住宅街にある北朝鮮大使館に突如、銃で武装した覆面姿の男10人が押し入った。

 武装集団は、中にいた大使館職員8人の頭にビニール袋をかぶせ、体を縛ったうえに殴打して尋問。2時間にわたって職員たちを拘束した。同日午後5時ごろ、女性職員1人が2階の窓から飛び降りて脱出し、悲鳴をあげながら近所に連絡し、その隣人が警察に通報した。

 地元警察がパトカーで大使館に駆け付けると、東洋系の男性が「何も問題は起きていない。通常通りだ」と応対した。しかし、その後すぐに、アウディとメルセデスベンツのバンの高級車2台が大使館のゲートから全速力で走り出して去った。それらは、犯行グループが逃走用に使った、外交官用のナンバープレート付きの大使館の車だった。車は近くの通りで乗り捨てられていた。

 武装集団は、金銭や貴金属品は一切取らず、コンピューターやデジタルファイル、携帯電話を奪って逃げていた。

地元の新聞・ネットが報じた「CIAが関与か」

マドリード郊外にある北朝鮮大使館の入り口(中央)。門には監視カメラが設置されていた=2019年3月1日マドリード郊外にある北朝鮮大使館の入り口(中央)。門には監視カメラが設置されていた=2019年3月1日
 スペインのエルパイス紙とネットニュースサイト「エル・コンフィデンシアル」はともに、捜査当局のスペイン警察とスペイン国家情報局(CNI)が、今回の事件にはアメリカ中央情報局(CIA)が関与していると判断したことを報じた。

 特に、エルパイス紙は、捜査当局が大使館内や付近に設置していた防犯カメラの映像から、武装集団10人のうち少なくとも2人がCIAとつながりがある人物と突き止めたと報道。その10人の大部分が韓国人であることが判明した、と伝えた。エル・コンフィデンシアルも、犯行グループにアメリカの諜報機関に特有の手口があるとCNIが見ていることを報じている。

 また、スペインのエル・ペリオディコ紙は、捜査当局の見方として、犯行グループが外国政府の工作員ではなく、外国情報機関に雇われた「雇い兵たち」だったと報道した。そして、その一環として、エルパイス紙が報じたように、うち2人がCIAとつながりを持つ人物だった可能性を指摘している。また、これとは別に、CIAとも密接な関係を持つ、韓国の国家情報院(NIS)に雇われた者であった可能性にも言及している。

 スペイン捜査当局から説明を求められたCIAは関与を否定。しかし、スペイン捜査当局にとって、その説明は「納得のいかないもの」だったという。スペインの韓国大使館も事件後、韓国政府の事件への関与を否定した。

透けて見えるプロの手口

 アメリカであれ、韓国であれ、どこの国であっても、国の情報機関が関与するケースでは、通常の工作活動なら足が付かないように、外部の「傭兵」を使うことが多い。

 近年では、マレーシアで金正男氏が毒殺された際、ベトナムとインドネシアの女性が「現場の駒」として使われたケースがある。そして、かりに今回、CIAとつながりのある外部の工作員が関与したとしても、CIAがそれを認めることは100%あり得ない。知らぬ存ぜぬの姿勢を貫くだろう。

 いずれにせよ、スペインの捜査当局は、今回の事件が事前に用意周到に準備された、計画性の高い犯行だったと判断している。あたかも軍部隊のように行動し、プロ集団によるオペレーションだったとする。事件発生時には大使館外で変圧器の火災も起きており、犯行グループが大使館への侵入のために意図的に行ったものとの見方も出ている。

 さらに、エルムンド紙によると、犯行の数日前には、大使館内でパーティーが開催されていた。事件当日は、北朝鮮の建築学生の一団がゲストとして招かれていたと言い、大使館員も油断していたかもしれない。犯行グループは、事前に大使館について十分に調べ、平日の午後という誰もが思いつかないような時間帯に意表をつく格好で奇襲を決行した。

米朝首脳会談5日前の犯行

 興味深いのは犯行日時だ。2月22日といえば、米朝首脳会談の5日前で、すでに米国務省のビーガン対北朝鮮特別代表がハノイ入りし、連日、北朝鮮の実務担当者と協議を続けている。200人以上のアメリカのシークレットサービスもハノイ入りしていた。かりにスペイン捜査当局が示すように、CIAがこんな政治的に微妙なタイミングで、大胆な犯行に及んでいたとすれば驚きだ。

 トランプ大統領の米朝首脳会談にかける思いとは裏腹に、CIAが組織として突っ走ってしまった可能性もある。

 まして大使館というものは、在外公館の保護を規定したジュネーブ条約に従って、通常はどこのホスト国でも厳重に警備する。そして、どこの国もその外交特権を守ろうとするし、守られなければならないものである。

 このため、前述のスペイン各紙は、事実関係が徐々に明らかになるにつれ、アメリカとスペインの関係が悪化するのでは、と懸念を示している。

ちらつく元スペイン大使の影

 気になるのは、リスクのある犯行に及んだ動機である。

 実は今回のハノイでの米朝首脳会談向け、アメリカとの実務協議担当者に就任したキム・ヒョクチョル氏は、2017年9月までスペイン大使を務めていた。しかし、北朝鮮によるたび重なる弾道ミサイルの発射や核実験によって、北朝鮮に対する国際世論の批判や反発が強まる中、スペイン外務省は、当時のキム・ヒョクチョル大使を「好ましくない人物」と認定するペルソナ・ノン・グラータであると宣言し、国外退去の処分とした経緯がある。

 アメリカにすれば、今年に入ってビーガン氏のカウンターパートとして表舞台に出てきたキム・ヒョクチョル氏がいったい何者であり、どのような考えの持ち主であるかという情報や、同氏がスペインで集めてきた情報を死ぬほど入手したかったとしてもおかしくはない。同氏は金正恩国務委員長(朝鮮労働党委員長)の信任が厚いとみられており、同氏がどのような考えの持ち主かを知ることは、正恩氏を知ることにもつながるからだ。

 エルムンド紙によると、犯行グループは大使館で唯一の外交官であるユ・ソクソ氏を別室に移し、前任のキム・ヒョクチョル大使の仕事内容などを尋問したという。

米朝交渉の先行きに漂う暗雲

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 1月22日付のニューヨークタイムズの記事によると、トランプが2018年12月22日から一部の政府機能の閉鎖に踏み切った際、アメリカ連邦捜査局(FBI)は
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