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白人右翼テロの広がり示すクライストチャーチ事件

六辻彰二 国際政治学者

ヌールモスク近くには献花する人々が次々と集まった=3月16日、クライストチャーチ

 世界ではイスラム過激派と並行して白人至上主義が広がり、新たな脅威となりつつある。ニュージーランドのクライストチャーチで発生したモスク襲撃事件は、その氷山の一角に過ぎない。

「テロ」としてのクライストチャーチ事件

 3月15日、クライストチャーチの複数のモスクを襲撃し、50人を殺害したブラントン・タラント容疑者は犯行の一部始終を撮影し、その動画をソーシャルメディアに掲載した。タラント容疑者のアカウントは直後に削除されたものの、女性や子どもも無差別に殺傷される動画は、その後も拡散し続けている。

 世界に衝撃を与えたこの惨事は、移民とりわけイスラム教徒への敵意と憎悪に基づく。タラント容疑者は動画だけでなく、やはりソーシャルメディアに74ページに及ぶ犯行声明を掲載しており、ここでは移民を「侵略者」と呼び、彼らから白人世界を守ることを強調していた。

 人種や宗教に基づく憎悪による襲撃や殺人は「ヘイトクライム」と呼ばれ、2018年2月にフロリダ州の高校で発生した銃の乱射事件をはじめ、アメリカなどでも珍しくない。ただし、ヘイトクライムという呼称は個人的な犯罪という印象を与えるが、実際にはその多くが「我々の国は『白人の国』であるべき」という思想信条に基づく。そのため、人種や宗教を理由とする犯罪は、「政治的目的を実現させるための暴力」であるテロリズムと呼んで差し支えない。

 だとすれば、白人世界としてのニュージーランドからイスラム教徒を排除することを目的としたクライストチャーチ事件は、「白人右翼テロ」の典型といえるだろう。

白人右翼テロの復活を促したもの

 「非白人から白人世界を守ること」を大義とする白人右翼テロは、欧米諸国で増加しつつある。例えば、アメリカの調査機関インベスティゲイティブ・ファンドによると、2008年から2016年までの間にアメリカで発生した未遂を含むテロ事件のうち、イスラム過激派によるものが63件だったのに対して、白人右翼によるものは115件だった。

 白人右翼テロの起源は南北戦争(1861~65)の時期にさかのぼる。「奴隷解放の父」エイブラハム・リンカーン大統領が、奴隷制廃止に反対する南部出身者に暗殺されたことは、その象徴だ。その後、公民権運動などによって人種差別的な言動は段階的に封じ込められたものの、アメリカに限らず欧米諸国では石油危機後に経済が停滞した1980年代から移民排斥を訴える声が少しずつ広がり始めた。

 地下水脈のように欧米諸国で広がっていた白人至上主義が噴出するきっかけになったのが、2001年同時多発テロ事件と対テロ戦争の始まりだった。イスラム過激派のテロは欧米諸国で「イスラモフォビア(イスラム嫌い)」と呼ばれる風潮を広げ、そこに発生したリーマンショック(2008)後の経済停滞が白人右翼テロを加熱させた。2011年、ノルウェーで白人至上主義者アンネシュ・ブレイビクが移民受け入れを進める政府・与党関係者を銃撃し、77人を殺害した事件は、こうした時代背景のもとで発生した。

 その後、シリア難民の急増やパリ同時多発テロ(2015)などを受け、移民・難民に対する排斥運動はこれまでになく活発化した。そのうえ、人種差別的な言動が目立つトランプ大統領の就任は、白人至上主義者が「社会の傍流ではない」という意識を強め、その行動をエスカレートしやすい環境を生んだ。実際、タラント容疑者はトランプ大統領を「白人アイデンティティのシンボル」と呼んでいる。

注目されにくい「多数派のテロ」

 このような背景のもと、白人右翼テロはアメリカ以外にも広がってきたが、各国での取り締まりは、これまで必ずしも厳しくなかった。

 先述のインベスティゲイティブ・ファンドの調査によると、イスラム過激派による事件の76パーセントは未然に防止されたのに対して、白人右翼テロの事件のうち防止されたのは35パーセントにとどまった。ここからは、

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