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女性が挑んだ「選挙戦改革」(上)

統一地方選の3候補を追って見えたもの

東野 真和 朝日新聞編集委員

千代田区議選の選挙運動をする山田千洋さん。道行く人のほとんどは区外の人だ=東京・秋葉原千代田区議選の選挙運動をする山田千洋さん。道行く人のほとんどは区外の人だ=東京・秋葉原

女性はなぜ出ないのか 立候補前の葛藤

 今年の統一地方選では、前回にも増して、議員のなり手不足と、その一因でもある女性の候補者が少ない点が話題になった。選択肢が少なければ自然と投票率も下がる。道府県議・市区町村議選の全国平均も戦後最低だった。

 今回は、昨年5月に日本版パリテ法とも言われる候補者男女均等法が成立して初めての統一選だったので、女性候補がどれだけ増えるか特に注目された。結果はこうだ。 

道府県議候補者のうち女性の割合…12.7%(前回統一選は11.6%)
同当選者の女性の割合…10.4%(同9.1%)

市議選(政令指定市を除く)候補者のうち女性の割合…17.3%(同15.0%)
同当選者の女性の割合…18.4%(同16.1%)

町村議選候補者のうち女性の割合…12.1%(同10.1%)
同当選者の女性の割合…12.3%(同10.4%)

 いずれも微増にとどまった。このペースだと、法の趣旨通り男女が半数ずつになるのは今世紀中も微妙だ。

 女性はなぜ立候補しないか。育児、家事を担いがちで、地域も家庭も女性を議員にしたがらないという男社会が阻んでいたり、議員を志向する女性自体も少なかったりと、理由は指摘し尽くされているが、その中で立候補する人たちは、何を思い、どう戦っているのだろう。

 私は、政治とは無縁だった3人の女性が、それぞれ県議選、区議選、市議選に初めて挑んだ様子を、選挙の告示前から密着取材した。1人が当選、2人が落選した。立候補のハードル、戦い方、選挙後、という観点から総括し、参院選も見据えてみた。

 見えてきたのは、彼女たちの戦いは、選挙や政治に日常性を持たせる戦いでもあったということだ。

埼玉県議選の立候補届出をすませSNSで発信する山田千良子さん=さいたま市大宮区役所埼玉県議選の立候補届出をすませSNSで発信する山田千良子さん=さいたま市大宮区役所

枝野氏の地元で 県議候補の場合

 2月上旬、枝野幸男・立憲民主党代表のお膝元、さいたま市大宮区のマンション。ママを待ちわびた子どもたちが飛びついてきた。

 山田千良子さん(33)は、毎朝、駅前でのビラ配りに始まり、ポスターを貼って歩き、夜は有力支持者との食事会に。帰りが10時近くになり、遅くまで見てくれたベビーシッターに礼を言う。部屋の掃除も行き届かない。

 「こんな状態で、議員に立候補ができるだろうか。いや、だからこそ私が出なければ」。党の公認をもらうまで、逡巡した。立候補の最大の動機は、会社での待遇だった。大手メーカーに在職して10年。営業畑での成績は他に劣らない。なのに、産休・育休を取ったら、同期の男性社員と同じ昇進試験が受けられなかった。

 夫は単身赴任中。子供たちは任せっきりだ。「あなたは仕事をパートにして私がこのまま働いてもいい。育児を代われる?」と聞いた。あっさり「できない」と言われた。

 「世の中おかしい」。男女雇用機会均等法制定の中心的存在だった赤松良子・元文相が主宰する政経塾に通った。「女性にとって、戦後の参政権から始まり、今回の候補者男女均等法が3つめの大きな節目。バトンをひきつがねば」と思った。最初は、意中の人に立候補を促していたが尻込みされ、「あなたが出れば」と言われた。

 半年近く悩んだ。「幼い子を2人抱えた状態の私が出ていいのか?」「いや、今だからこそ、子育て世代の真剣な声を伝えられるはずだ」「子どもが思春期になったら出るのを反対されるかも」。今しかないと意思を固めた。人づてに聞いた立憲民主党の面接を受け、候補者予定者として内定した。ハードルは次々と見えてきた。

 落選したら収入がなくなる。在職しながら立候補ができないか会社に聞いてみた。1カ月経っても返事がない。「制度を作ってもらうまで戦うべきだ」「なし崩しで出たら追認されるのでは」と友人からアドバイスされたが、面倒になって、昨年12月、月末から有給消化に入ってそのまま退職すると申し出た。社内の人繰りで慰留され、今年1月末まで延びた。

 上司が職場でみんなにあいさつする機会を与えてくれて、その様子を録画してくれた。「頭を下げる動作がぺこぺこ小さくて短い。選挙運動の時は、もっと深くゆっくりしなければ」と反省した。

 政党の新年会で激励され、気分良く家に戻り、子どもがお世話になっている近所のおばさんにも立候補のことを言わねばと訪ねた。「あり得ない。小さな子どもが2人もいるのに。きっと、(子育ての上で)しっぺ返しが来るよ」。30分説教された。自分を思ってのことだとはわかりつつも、「世間の視線はこういうものか」と泣いた。

 九州に住む母親の手を借りたかった。「女性が社会に進出するようになったから世の中がおかしくなった。専業主婦は、3食昼寝付きだよ」と言うくらいの人だから連絡を取らなかったが、向こうから子どもの世話をしてもいいと連絡してきてくれて、ありがたかった。

車の側面に名前をマグネットを貼っただけ。「選挙カーの看板は美観を損ねる。迷惑なので連呼もしない」と話す山田千洋さん=東京都千代田区車の側面に名前をマグネットを貼っただけ。「選挙カーの看板は美観を損ねる。迷惑なので連呼もしない」と話す山田千洋さん=東京都千代田区

日本の中枢はムラ社会 区議候補の場合

 国会議事堂や中央官庁のある日本の中枢、千代田区。区議に立候補を決意した山田千洋(ちひろ)さん(57)は、神田祭を愛しすぎて、職場の証券会社に近い区内のマンションに引っ越し、まだ3年しか経っていない。

 独身キャリアウーマンの千洋さんは、地域に目を向けていた。大企業の社員や大学生などで区の昼間人口は85万人にふくれあがるが、住民は6万人。2020年には五輪もあるのに、外国人向けの案内板が貧弱だ。「まちの潜在能力を生かし切れてない」と住んでいて思った。

 議会を傍聴してみた。女性が少なく、高齢化し、何より代々住んでいる住民より新住民の方が多いのに代弁する議員がほとんどいなかった。「自分がなってみよう」と思った。政策的にぴったり共感できた日本維新の会の門をたたき、公認を受けた。

 活動を始めて見えてきたのは「千代田村」の実態だった。1月、町内会の新年会で、役員たちに立候補の意思を打ち明けた。「どこの地区から出るの?」と問われた。一般市や町村議選は全域から選ぶので選挙区は分かれていない。「それぞれに地盤があるんだ」と認識した。

 次に「後ろに誰がいるの?」と問われた。役員らの話では、選挙といっても実質は有力者の支援を受けて、「指定席」を代替わりするだけなのだと。「地区もないし、後ろにもいません」と答えると、「絶対無理だからやめた方がいい」と諭された。議員定数や報酬の削減も進んでいない。

 千洋さんは東京23区内のいくつかの区議会を調べてみた。

千代田区(人口6万人) 議員25 女性議員5人(20%)
中央区(人口16万人) 議員28 女性議員8人(29%)
港区(人口26万人)  議員34 女性議員11人(32%)
目黒区(人口28万人) 議員34 女性議員13人(38%)
(いずれも改選直前)

 千代田区は人口の割に定数が多過ぎるし、女性比率が少ない。新住民は入れ替わりが激しく地元に関心が薄い人が多いので投票率が低いこともあり、当選ラインは500票前後だ。嫌な言い方をすれば、それだけの固定した有権者をつかんでおけば、政務活動費などを含め1000万円以上もの年収の仕事に就ける。これでは相撲の「年寄株」のように地区ごとに地盤を継承した議員が大半なのもわかる。

 千洋さんにとって、ありがたかったことは、会社の理解だ。立候補の意思を上司に告げると、在職中の立候補が可能になるように、会社の就業規則を明確化してくれたのだ。千洋さんは有給休暇を消化しつつ、だんだんと出勤日を減らして選挙の準備をした。

JR三鷹駅前に立つ成田千尋さん。邪魔になるからと片隅でマイクも使わないJR三鷹駅前に立つ成田千尋さん。邪魔になるからと片隅でマイクも使わない
選挙カーを使わず愛用のママチャリだけで選挙区を走りまわる成田千尋さん=東京都三鷹市選挙カーを使わず愛用のママチャリだけで選挙区を走りまわる成田千尋さん=東京都三鷹市

ベッドタウンなのに… 市議候補の場合 

 東京のベッドタウンで井の頭公園などの観光スポットも多い三鷹市。成田千尋さん(34)は、年明けからJR三鷹駅前に毎朝立ち続けた。名前を表示することは、選挙期間中以外、公選法で禁止されている。

 政党公認の候補者は、政党のPRポスターなどで顔写真や名前を出すことができる。無所属でもだれかと2人でポスターを作ればできるが、成田さんにはそういう相手もおらず、名前を知ってもらう運動は難しい。成田さんはスケッチブックにペンで手書きして胸の前に掲げた。

「子育てしやすい街 → 当事者の声の反映が必須です」

 夫の転勤で6年前に同市に移住。再就職の難しさを痛感し、保育所探しに苦労した。使い勝手のいい制度もない。同じ子育て世代の住民はたくさんいるのに、なぜ不便なんだろうと、何げなく議会を傍聴した。当時の市議27人の平均年齢は56歳。女性議員が5人いたが、いずれも50歳以上で、子育て世代ではなかった。「母親は子どもが小さいうちは一緒にいるべきだ」と言う趣旨の発言も聞こえてきた。「一住民の声でなく、議員なら市も真剣に聞いてくれるはずだ」と立候補を思い立った。(続)

※女性が挑んだ「選挙戦改革」(下)は31日に「公開」します。