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衆参同日選の流れはどうなる!

トランプ大統領の発言、不透明感を増す景気……。安倍首相の選択肢は限られている

田中秀征 元経企庁長官 福山大学客員教授

日米首脳会談の後、共同記者会見に臨むトランプ米大統領(左)と安倍晋三首相=2019年5月27日、東京・元赤坂の迎賓館

トランプ大統領の「8月発表」発言の怪

 訪日したトランプ大統領は、いくつかの不可解な発言を残して帰国した。

 とりわけ、日米貿易交渉に関して「8月に大きな発表がある」と発言したことが波紋を広げている。

 大統領はツイッターで「7月の選挙後まで待つ」と言っている。7月に行われる日本の参議院選挙に配慮したということで、恩に着せた言い方だ。おまけに、英語の「選挙」に「S」までつけている。衆参二つの選挙があるかのような表現である。

 この大統領の発言が一方的な“配慮”であるなら苦笑ですまされるが、日本側から頼んだ発言であったらただごとではない。

 一部報道(例えば毎日新聞5月28日付朝刊)によれば、安倍晋三首相は「4月末の首脳会談でトランプ氏に『参院選を考慮してほしい。その代わり大統領選も頭に入れている』と伝えていた」という。

 そもそも記者会見では、両首脳は「日米の貿易協定は双方ができる限り満足する内容で早期に決着するよう努力したい」と言っていればよい。トランプ大統領が、自分の都合で何でも話すような性格であれば、よほど気をつけるべき相手だろう。

衆院選は日米交渉が本格化する前?

 大統領の「8月発表」発言は、関係する産業に大きな疑心暗鬼を招くことになってしまった。特に農業産品の関税引き下げによって死活的な影響を受ける人たちからは、政府に対して「選挙前でも選挙後でも同じだ」と小手先の手法に反発が募るだろう。

 さらに衝撃的だったのは、昨年9月の日米共同声明を忘れたかのような大統領の発言だ。

 共同声明では農林水産品目の自由化の水準は、TPP水準を「最大限とする」と約束していた。しかし、大統領は今回、「我々はTPP水準に縛られていない」と、昨年の声明を反故にする発言をした。

 9000品目に及ぶ関税交渉には、相当な人と時間をつぎ込まなければならない。だから、「8月に発表」されるものは、目玉になるものに限られよう。要するに、来年の大統領選に臨むトランプ陣営にとって、勝負の決め手になるような目玉の決着である。それは何か? 農畜産品と自動車が、象徴的な品目だ。

 いずれにせよ、日米貿易協定の行方は国政選挙に大きな影響を与えるだろう。本格的な交渉が始まる前に衆院解散・総選挙に持ち込みたいという政権側の意向が強まるのは、自然な成り行きだ。

不透明感を増す景気の先行き

 政権にとって気掛かりなのは、このところ景気の先行きに不透明感が増していることだ。

 5月に入ってから政府は経済に関連する三つの重要な発表をしている。それによると、予想以上に景気の現況が思わしくないことがわかる。また、そうした状況に対する政権の戸惑いも透けて見えてくる。

 第一の発表は、5月13日に発表された3月の景気動向調査だ。基調判断がほぼ6年ぶりに「悪化」となった。

 中国経済頼みの日本経済の「回復シナリオ」が、“米中貿易戦争”による中国経済の減速によって「悪化」している。そして、この“米中貿易戦争”は容易には収束しない。もちろん、日本経済が自助努力によって事態を乗り切ろうとしても、限界がある。

 景気動向指数は既定の諸統計の数字から機械的にはじき出して、その時点の「景況」について判定を下すものだ。ある意味、政治や行政の裁量が働いていないだけに、そこで「悪化」と判定された意味は小さくない。

 今年1月、政府は日本経済が「戦後最長の景気拡大に達した可能性」として、その良好さを誇示したが、当時すでに失速が始まっていた可能性もある。

 第二の発表は、5月20日今年の1~3月期のGDP(国内総生産)の速報値だ。事前の予想ではマイナス成長が大方の見方だったが、年率換算でプラス2.1%となり、驚きをもって受け止められた。

 しかし、その内容を精査すると、喜んでばかりはいられない。個人消費や設備投資など民間需要は盛り上がっていないのだ。10月の消費税増税を前にした住宅の駆け込み需要、あるいは公共投資など政策によってうみ出される政策需要が大きく寄与している。これだと、とても米中貿易戦争の大波をしのぐ強さがあるとは思われない。

あらゆるものに忖度した「月例経済報告」の表現

月例経済報告等に関する関係閣僚会議に臨む安倍晋三首相(右側中央)=2019年5月24日、首相官邸
 第三の発表は5月24日、景気に対する政府の公式見解を示す5月の「月例経済報告」である。筆者も1996年当時、この報告を担当する閣僚であった。

 ある意味、歴史のある報告ではあるが、それが今回ほど注目されたのも珍しい。前述した二つの発表を踏まえ、今月の景況について、政府がどう認識しているかが、明示されるからだ。

 はたして結果は、全体的に判断を下方修正はしているものの、肝心の景気認識の点では、「緩やかに回復している」という公式見解を据え置いている。

 何かを忖度(そんたく)してというよりも、あらゆるものを忖度して、こうした表現になったと、私は理解している。

 もしもここで、景気が悪化しているとか、後退しているとかと明言すれば、その報告自体が景気を悪化させる材料になりかねない。そうなると、消費税の増税実施が難しくなり、衆参同日選挙も一段と現実味を増すことになる。

 だから私は、もし月例経済報告が、景気の「悪化」、「後退」を盛り込んでいたら、増税のさらなる先送り、それを争点に掲げた同日選挙が避けられないと考えてきた。だが、「リーマンショック」級の経済危機には至らないとして、予定通り増税した場合、増税自体がその方向への引き金になったとしても不思議ではない。日本経済はそんな危うさを内包しているのではないか。

解散時期の選択肢は多くはない

IM_photo/shutterstock.com
 首相が衆議院を解散しようとした場合、その選択肢は意外にも多くはない。結局のところ、解散を想定した時期が、他の時期と比べて、最もよい時期かどうかしかない。そして、ほとんどの場合、解散を断行するか、回避するか、首相は最後の最後まで迷いに迷うものだ。だが、最終判断をしようという段階になると、政界ばかりか世間もそれを察知していて、ほとんど解散モードになっている。

 現状はどうか。

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