メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

児童養護施設を巣立つ若者へ奨学金 世田谷の挑戦

「奨学基金」で広がる寄付文化。「フェアスタート事業」に予想を超える反響

保坂展人 東京都世田谷区長 ジャーナリスト

選挙イベント『2019夏 与野党激突!』のお知らせ

 夏の参院選が近づいてきました。「論座」は7月7日に選挙イベント『2019夏 与野党激突!』を開催します。
 第一部『中島岳志(東工大教授)×保坂展人(世田谷区長) 野党はどう闘うべきか』(チケット申し込みはこちらから)、第二部『中島岳志×望月衣塑子(東京新聞記者) 安倍政権を再考する』(チケット申し込みはこちらからです。イベントの詳細はこの記事の末尾にあります。
 ツイッターの論座アカウント(@webronza)をフォローしたうえ、「論座」の記事や今夏の選挙に関するご意見を#選挙論座をつけて投稿してください。投稿者の中から今回のイベントに入場無料でご招待します。

保坂展人・世田谷区長

「世田谷奨学基金」に寄付9100万円

 昨今の「子どもの虐待」による痛ましい事件で、国会では与野党合意で児童虐待防止法が成立へ向かい、世田谷区役所では100人を超える職員体制で来年4月に児童相談所をつくろうとしています。地域で社会的養護への関心の高まりを支えてきたのがひとつの募金運動でした。

 2016年に始めた児童養護施設や里親のもとを旅立つ若者たちに向けた「給付型奨学金」である「世田谷区児童養護施設等奨学基金」への寄付が、3年あまりで9100万円を超えました。寄付は世田谷区内外からすでに1000件を超え、金額は街頭でのコインや千円札から100万円単位に至るまでさまざまです。最高額の1500万円を寄付された方もいます。

 この基金は発足当初、「児童養護施設等の出身者に対して自治体の取り組む初の給付型奨学金」として、テレビのニュースや新聞で何度も取り上げられました。開始直後から大きな反響が寄せられ、寄付も次々と寄せられました。

 この基金の特徴は、3年間経過して、メディア等の紹介が少なくなっても、コンスタントに支援の輪が継続していることです。寄付者には毎年、奨学金を受けた若者たちのメッセージを紹介したレポートを送っています。これを読んで継続的に寄付を続けてくれる人も少なくないのです。

「返礼品競争」に与せず「寄付文化の醸成」

 世田谷区は、「ふるさと納税」の税源流出額が約53億円(2018年)にのぼり、地方交付税による補填のない自治体として減収額が実質日本一となりましたが、返礼品競争に与することなく「寄付文化の醸成」を掲げてきました。

 昨年は世田谷区に対して「ふるさと納税」を利用した寄付額が8301万3394円にのぼり、このうち児童養護施設退所者等奨学基金へは953万3450円の寄付がありました。減収額の2%にも満たない額ですが、「寄付文化の醸成」の扉は開いたと感じています。

 この「給付型奨学金」事業は、世田谷区若者支援担当課が中心となって、18歳で児童養護施設等を出る若者たちと一般家庭で育つ若者たちの格差を縮める「フェアスタート事業」のひとつとして始まりました。2019年度からは、児童相談所準備課が担当しています。(参照「~せたがや若者フェアスタート事業~」平成29年度事業報告書 | 世田谷区

 同じ18歳で、社会的養護の枠組みを出る若者たちと一般家庭の若者を比べると、歴然とした違いは大学・短大・専門学校等への進学率です。厚生労働省の調べでは、児童養護施設や里親からの進学率は、27.4%と一般家庭を大きく下回ります。

 世田谷区内には、東京育成園と福音寮という2カ所の児童養護施設があります。全国に数ある児童養護施設の中でも、受験や進学指導に熱心な体制が整っているのですが、それでも進学率は大幅に高いとはいえません。

 それだけではありません。アルバイトして学費を貯めて、アパートを借りて自立生活を始めると、どうしてもアルバイトをいくつか掛け持ちすることになります。その結果、せっかく進学した学校を多くの子が中退していくことが以前から問題となっていました。

 「フェアスタート事業」の柱を「給付型奨学金」にしたのは、この点に着目したからです。

 さらに、児童養護施設等を出た若者たちが自立生活を始める時の賃貸アパートの家賃負担を減じるために、区営住宅に2~3人の若者たちでシェアして一人1万円の家賃で住むことができる「住宅支援」と、さらに情報交換したり、コミュニケーションを深めたり出来る「居場所支援」の三本柱で事業はスタートしました。

写真と本文は関係ありません。

「大学進学を意識して勉強する子が増えてきた」

 この3年間で、19人の若者たちが大学・短大・専門学校等に進学し、9人が卒業しました。

 ただ、当初の予想よりも進学希望者は少なく、奨学金の支給者は毎年10人程度しかいません。3年間の支出は1056万円にとどまっています。

 児童養護施設福音寮の飯田施設長は「奨学金はありがたくて、励みになっているのですが、それでも進学のハードルは高くて、まだまだ就職する子も多く、また何らかの障害を持つ等の理由で就職することさえ難しい子も多いのです。私たちは、社会福祉法人等が運営する通勤寮や障がい者グループホームを紹介しています」といいます。

 「それでも、うちから世田谷区の事業の支援を受けて進学していった子たちは安定していますから、施設に遊びに来て色々話してくれるんです。すると、影響を受けた後輩たちが目標を持って頑張ろうと、以前より小中学生の中で大学進学を意識して勉強する子が増えてきているという実感はあります」

 「フェアスタート事業」の効果は、数値化される奨学金支給実績とは違うところにも出てきました。この3年間、世田谷区内では児童養護施設や里親のもとで育った若者たちの体験を聞くシンポジウムが年数回は開かれています。そのたびに、当事者の若者たちが登壇して参加者に向けて自分の言葉で体験を語ります。長い間、児童養護施設出身者の歩みに関心を寄せてきた私は感慨をもって聞いています。

児童養護施設の夕食の時間(本文とは関係ありません)

児童虐待防止法の改正作業に関わって

 2000年4月、小渕恵三総理大臣が倒れ、やがて死去すると「さあ、解散・総選挙だ」と永田町は騒然としました。

 あまり知られていませんが、この時に与野党が激突するはずの解散前の国会で、与野党の国会議員が「児童虐待防止法案」をまとめようと頻繁に集まりを持ったのです。衆議院青少年特別委員会の理事会メンバーでした。

 約2年間にわたって、衆議院青少年特別委員会では「児童虐待の現状」「社会的養護の現場」等をテーマにしながら新規立法を念頭に各党の委員が熱心な質疑を重ねていました。衆議院の解散によって、これらの蓄積が雲散霧消してしまうことを党派を超えて心配したのです。多少の違いがあっても、まとめようとという力学が働きました。

 この国会でも論点のひとつとなったのが、民法に記された「懲戒権」です。

 いちばん苦労したのは、最大政党の自民党から「親による懲戒権は、児童虐待とならない範囲において妨げられるものではない」という趣旨の条文を入れたいという主張があったことでした。野党側は「子どもの人権」を明記することを取り下げ、一方でこの表記を何とか自民党にあきらめてもらいました。

 私は、各党案を調整する事務局長役をつとめて、超特急で「児童虐待防止法案」を作成しました。ほぼ、連日打ち合わせを重ねて仕上げた法案は、解散前の5月に衆議院青少年特別委員会で成立しました。

 あまりに突貫工事で作成した児童虐待防止法案には、まとめ切れなかった課題や、不足点がありました。私は、児童虐待防止法案改正プロジェクトを与野党に呼びかけて立ち上げました。こうして、2度にわたって児童虐待防止法の改正作業に関わってきました。

 そのたびに、懸命になって探してきたのが、公の場で発言できる児童養護施設を出た若者たちでした。四方八方に手を尽くして児童虐待防止法案改正プロジェクトで話してもらえる候補者を探しましたが、見つかりませんでした。ある大学に「児童養護施設出身者でつくる数人のサークルが出来た」と聞いては、連絡を取るとすでに解散し関係者は所在不明となっていることもありました。

写真と本文は関係ありません。

「フェアスタート事業」が始まる背景

 2011年3月11日、東日本大震災の大きな揺れの瞬間、私は児童養護施設の出身者でつくる「日向ぼっこ」の事務所(東京都文京区)にいました。「日向ぼっこ」は、これまでバラバラになっていた児童養護施設の出身者たちが互いに連絡を取り合い、共に語らったり食事をしたりという活動を続けていました。このNPOは、当事者が声をあげ仲間を集めて運営する画期的なものでした。

 午後2時46分、目の前の屋根の瓦がパチンパチンと音を立てて飛び、冷蔵庫が2~3メートルずれる中で、私はしばらく不安定なテレビを押さえていました。

 2009年の民主党への「政権交代選挙」で、私は11万6723票を東京8区で獲得するも落選しています。浪人中は政治家として事務所を維持しながら、ジャーナリストとしてルポルータージュ記事を週刊誌等に書いていました。

 2011年3月11日の東日本大震災と原発事故で記憶が遠のいた方も多いのですが、2010年の暮れから児童養護施設に新品のランドセルを置いて立ち去る「タイガーマスク現象」が。話題になっていました。ランドセルは、児童養護施設から小学校に入る子どもたちへのプレゼントでした。

 何らかの理由で親のもとで暮らすことのできない子どもたちを、親に代わって養育をする「社会的養護」の仕組みの入口にスポットライトが当たったのなら、出口を照らしだすキャンペーンをやろうと考えていました。

 2011年3月11日、「日向ぼっこ」に集う若者たちに、どのような経過で親元を離れて施設に入所したのか、施設での処遇はどうだったのか、施設を出てどんな生活を送ったのか等についてインタビューを終えたところだったのです。

 この日、夕方にはこのテーマで、NHKの特集番組をつくるために意見交換をしようという予定になっていて、同時に週刊誌でのキャンペーン企画も始める予定でした。東日本大震災と原発事故が、これらすべての予定を白紙にしました。

 私自身も、原発事故の影響で孤立化した南相馬市に対しての支援物資を届けるプロジェクトを杉並区役所と一緒に取り組み、これらの激動の渦中で世田谷区長に転身することを決意して、この年の4月上旬に出馬表明して、短期間で当選しました。

 区長となって、改めて「児童虐待防止法」に書き込んだ「自治体の責務」を果たす役割となったことに気がつきました。さらに、23区の区長で構成する特別区長会では、東京都と「児童相談所の移管」を巡って厳しい交渉の渦中にありました。私は、地域に密着した基礎自治体にこそ児童相談所の運営主体になるべきだという議論の先頭に経ちました。

 しばらくして、日本青年会議所世田谷区委員会のメンバーが継続して児童養護施設「福音寮」を支援したいという企画が持ち込まれ、2013年から5年にわたって「夢をかなえる力」という事業名で継続した支援と社会的課題を議論するシンポジウムを開催しました。(こちら参照)

 5年にわたって児童養護施設を支援したJCのメンバーも、18歳の高校卒業後に施設を退所していく若者たちの進路が限られていることに関心を持っていました。「フェアスタート事業」が始まる背景にはこうした動きがありました。

一期生・田中麗華さんからのメッセージ

 この4月の選挙で私も3期目を迎えました。

 世田谷区の児童相談所の設置は、2020年4月1日と開設まで1年を切りました。これまで東京都が引き受けてきた児童相談行政を引き継ぐと共に、一時保護所の設置や養育里親の育成等、児童福祉法や児童虐待防止法等の制度によって子どもの生命と安全を守り、そして社会的養護の当事者として「フェアスタート」の条件が整うように支援する責任は、世田谷区が負うことになります。

 そして、世田谷区から発信した「フェアスタート事業」が予想を超えた反響を呼び、また多くの寄付者に恵まれてきたことを積極的に生かすために、さらに出来ることは何かを考え続けています。

 給付型奨学金は、進学する若者たちを対象にしています。「住宅支援」の方では、就職して働き始める若者たちも対象としていますが、18歳で児童養護施設や里親のもとを離れる若者たちの日常生活を、共通して支える基盤をつくることも検討対象です。

 とくに集団生活に慣れていた児童養護施設の出身者が自立生活を行う時に、日常的に相談に乗り、また困った時にアドバイスをすることができ、就学や就労の進路選択に向けた長いスパンの相談にも応じることができるユースワーカーを配置する必要も感じます。

 フェアスタート事業の支援対象者の一期生であり、たびたびシンポジウムにも登壇して自らの経験を語ってくれたのが、福音寮出身の田中麗華さんです。フェアスタート事業が始まった時、18歳で福音寮を出てすでに短大に進学していましたが、区営住宅での住宅支援を利用しました。その後、夢だったファッションモデルにも挑戦し、現在は法律事務所で働きながら自らの言葉で講演活動等も行っています。

田中麗華さん

 田中麗華さんにとって、フェアスタート事業のこれからに期待することは何か、メッセージをもらいました。

 短期大学進学中、施設の自立支援コーディネーターからわたしの携帯宛にショートメッセージが届き、「こんな事業が始まるんだけど、れいかちゃんどう?」と提案されました。ちょうど家の契約更新時と重なったため、「家賃が安くなるなら…」と思い支援を受けることにしました。
 世田谷区は青少年交流センター「アップス」をはじめ、「子ども(若者)の声を聞く」取り組みが進んでいるように感じます。フェアスタート事業もこれに並び、若者(当事者)の参画をつうじて、これまでにない、新しい支援事業の形を体現してほしいと思います。

 青少年交流センター「アップス」は、2月に旧希望丘中学跡地にオープンした若者のための活動拠点となる施設で、利用する若者たちが半年間、建築や設計の専門家の助言を得ながら空間デザインを進めた原案にそって出来上がった施設のことです。田中麗華さんは「フェアスタート事業」にも、「当事者の声をよく聞いて、反映させる」ことを期待しています。


選挙イベント『2019夏 与野党激突!』のお知らせ

◆開催日 7月7日(日)

◆開催場所 朝日新聞東京本社 本館2階読者ホール(東京都中央区築地5-3-2)

◆チケット申し込み(第一部と第二部は完全入れ替え制で、別々のチケットの購入が必要です。定員100人に達した時点で締め切ります)

第一部 中島岳志×保坂展人「野党はどう闘うべきか」11時~13時→チケット申し込みはこちらをクリック

*保坂展人さんの著書『NO!で政治は変えられない―せたがやYES!で区政を変えた8年の軌跡』(2019年 ロッキングオン)、『〈暮らしやすさ〉の都市戦略――ポートランドと世田谷をつなぐ』(2018年 岩波書店)、『脱原発区長はなぜ得票率67%で選されたのか?』(2016年 ロッキングオン)を会場で販売します。

第二部 中島岳志×望月衣塑子「安倍政権を再考する」14時~16時→チケット申し込みはこちらをクリック