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「親米自立」を模索するEUのグローバル戦略 上

同盟の中の「自立」と「見識」

渡邊啓貴 帝京大学教授、東京外国語大学名誉教授(ヨーロッパ政治外交、国際関係論) 

インタビューに答えるユンケル欧州委員長=6月24日、ベルギー・ブリュッセル、津阪直樹撮影

トランプ外交にどう対応するのか

 トランプ大統領の日米安保条約をめぐる発言が話題となっている。「日米安保条約の破棄を検討」から始まって「日米同盟の負担は不公平」「日米安保体制の見直し」というG20訪日の際の発言まで具体的な内容については幅がある。しかし表現は異なっているが、その真意は日本側の分担を大きくせよ、ということに尽きる。そして「協力」とはいえ、次期戦闘機F35Bをはじめとする米国製の軍装備購入にそのポイントのひとつがあることは明らかだ。

 しかし一連のトランプ発言に対する日本側の自発的な回答と積極的な対応は、おそらくはない。むしろ「同盟連帯の強化」の名の下に、身の安全の確保を第一として静観するスタンスだ。時世時節、嵐が通り過ぎるのを黙して待つしかない。折を見て苦言を呈することもあるが、事態はいずれ落ち着くところに落ち着く。それは「待ちの哲学」であり、日本社会の処世訓だ。それこそ成熟した大人の付き合いであり、リアリズムだ、と。

 本当にそれでいいのだろうか。実際には自己抑制の習性は、発言の機会すらしばしば失われる。実質的に暗黙の了解を意味する。それも一つの選択と言えば選択だ。

 しかし言ってみれば、それは「不自由のリアリズム」だ。大戦直後の吉田ドクトリンの真意である「(敗戦の)痛みを伴ったリアリズム(臥薪嘗胆)」でも、いずれ時宜を得て「動かすリアリズム」でもない。国際社会での主体的行動に躊躇する姿は日本の存在感を希薄にするであろう。

 自分が主体的な行動をとらないことは、事態の楽観的認識によって正当化される。現状が万全とは言えないが、なんとかなるだろう。本当に北朝鮮のミサイルの攻撃力は不確定だし、そこそこアメリカが守ってくれるだろう。中国も米国第7艦隊の本格的な出撃となる事態は避けたいはずだ――「根拠の不確かな楽観主義」が一般的風潮となってはいないだろうか。だからこそ日米防衛協力強化だ。堂々巡りのよく言われる内向きのスパイラルだ。しかしそれはどこかおかしい。居心地が良くない。

ヨーロッパの主体的行動の稼働

 こうした日本の対応の一方で、EUは逆にトランプ大統領の言動に対して自立を強める方向を模索している。

 実は日本ではあまり取り上げられなかったが、2016年秋にトランプ大統領の当選が明らかになってきたころから、ヨーロッパ=EUは独自の戦略と防衛上の自立をとりわけ声高に提唱するようになった。トランプ候補が欧州の加盟国が軍事費をGDPの2%にまで引き上げない限り、アメリカはNATOから撤退する、と主張したからだ(拙稿「トランプショックに揺れるヨーロッパ:「極右」からは喝采」『フォーサイト』2016年11月15日)。

 すぐさまメルケル独首相は「どこまでヨーロッパが自らの手で運命を切り開けるか、そして切り開くべきか」と防衛上の積極性と主体性を強調した。欧州の主体的防衛は翌年2017年5月に就任したマクロン仏大統領も提唱してきたことでもあった。その年の末EU外相会議では「欧州防衛協力常設枠組み(PESCO)」、つまりEU統合軍の設立が決定した。

 ドイツそしてヨーロッパ自身の防衛政策の発展と安全保障面での国際的影響がこれまで以上に真剣に議論されるようになったが、そうした議論は欧州の戦略的自立、特にフランスではヨーロッパの国際的主権の回復と呼ばれる論争にまで発展している。ドイツではとりわけヨーロッパの自立志向への積極姿勢は顕著だ。ヨーロッパの戦略的自立はドイツの国益そのものともいえるからだ。

 それは後述するような 『2016 EU外交安全保障グローバル戦略』という新たなEUの戦略文書に認められるが、そもそもヨーロッパの自立志向には長い歴史がある。

米欧同盟史の中の角逐――「自立」の模索

 実は、意外に思われる読者も多いかもしれないが、米欧同盟関係は常に安定していたわけではない。米欧大西洋同盟関係は「史上最も成功した同盟関係の例」としばしば呼ばれる。日米関係と比較し「安全保障共同体」と呼べるほど大西洋両岸は一枚岩的関係を続けてきたように考えている方も多い。

 もともと大戦時の連合国同士の同盟関係であるから、大西洋同盟の求心力はアジア太平洋のアメリカの同盟関係とは比較すべきもない。しかし冷戦時代、西欧諸国はアメリカの核の傘の下で安全保障上の恩恵を受けていたとはいえ、米欧関係はしばしば齟齬をきたしていた(その全体的な流れについては拙書『アメリとヨーロッパ』(中公新書、2018年)を参照)。「対立」と「協調」が併存する関係というのが実情だった。米欧関係の絆を保たせていたのは、世界秩序の共同管理者としての共通認識だった。それはデモクラシー・市場経済に代表される西側の価値観だった。

 詳述する余裕はないが、いくつか例を挙げてみよう。ノルマンディー上陸作戦は米国軍主体の大作戦だったが、英仏ソ連合国からすると、もっと早く行われていれば犠牲者の数は少なかったはずだという見方もある。戦時中ルーズベルト大統領と事あるごとに意見が対立していたドゴールが後に米国に対する不信感を理由に、NATOの軍事機構から離脱し、対米自立を標榜したことはつとに知られている(その自立の真意については後述)。

 日本と似たような境遇にあったドイツの例として、

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