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日産のガバナンスミス?を突いたゴーン前会長

異文化マネージメントの観点からオランダに子会社を作ったことの功罪を考える

酒井吉廣 中部大学経営情報学部教授

東京地裁に入るカルロス・ゴーン被告=2019年6月24日、東京・霞が関

ゴーン氏が起こした損害賠償請求

 カルロスー・ゴーン前日産会長が6月末、日産と三菱モーターズに対し、両社がジョイントでつくったオランダ子会社のNMBVが、証拠を提示したうえでの解任理由を告げることなくゴーン氏を解任したとして、オランダで15百万ユーロ(約18億円)の損害賠償請求を起こした。

 法人税や所得税での税制メリットがあるオランダは、欧州域内にあるタックス・ヘイブン(租税回避国)的な国の一つとして、日本に限らず多くの外国企業が現地法人をつくってきた。高所得税を逃れて、フランス等の富裕層が移住する国でもあった。ゴーン氏も2012年、フランスのオランド大統領が富裕層向け増税をした際、居住地をフランスからオランダに移し、マスコミから叩かれた過去がある。

 しかし、ゴーン氏による日産と三菱自動車のオランダ子会社(NMBV)に対する今回の訴訟は、もう少し根の深い問題を孕(はら)んでいる。

日産がオランダに子会社を作った理由

 日産はオランダに、ルノーとの共同子会社(RNBV)と、三菱自動車との共同子会社(NMBV)の二つの共同子会社を持っている。RNBVについては、オマーンの販売子会社への送金やフランスの元閣僚への報酬支払いなど、不明朗な点があり、ルノーによって調査もされている。しかし、ゴーン氏はNMBVをすでに辞任しており、今回のような問題が起こるリスクはない。

 オランダで節税メリットを得るためには、会社を設立し、代表役員がオランダに居住する必要がある。納税者・企業の立場からすれば、会社をつくり、そこに自分も住めば、会社では低い法人税、個人でも低い所得税と、ダブルで節税メリットを享受できる仕組みだ。しかし、居住者にならなければどちらのメリットも手にできない。

 それでも、かつて大航海時代に世界に君臨した後、英米仏ほどの繁栄を享受していないオランダにしてみれば、外国からやって来る企業と個人の双方からの税収を期待できるのは、悪い話ではない。オランダには英語やフランス語が得意で財務等での能力も高い人材が多いと言われており、企業の進出が増えれば、そうした人材の雇用促進にも役立つ。

 一方、進出する企業にとっては、オランダでは賃金が他の欧州先進国に比べて安いこともあり、税制メリットだけでなく、人件費が安くすむというメリットも享受できる。

 日産もまた、ゴーンが経営者となった後、同国のこうしたメリットを活かすべく、ルノーと共同で子会社を設立していた。フランス人であるゴーンにとって、オランダは便利な国だったのだ。

 これに対し日本の他のメーカー等は、日産ほどにはオランダを利用していないようだ。背景としては、欧州での生産拠点が多いイギリスには隣のアイルランドでも税制メリットが取れる。生産拠点では、中国や東南アジアという日本から近くて人件費の安い労働市場もあり、その場合の節税では、香港、シンガポールという税率の低い国がある。日本の主たる輸出市場であるアメリカの近くにも、ケイマン、バミューダ、パナマといったタックス・ヘイブンの国や地域がある。

オランダという国

 オランダは、欧州最大の港であるロッテルダムを抱え、国際貿易が盛んなほか、ユニリーバやフィリップス、ロイヤルダッチシェル、ハイネケンなどの大企業もあり、GDPはEUでは六番目である。チューリップに代表される一次産品も重要な輸出品である。

S-F/shutterstock.com
 余談だが、アムステルダムにあるスキポール空港は、エアーフランス=KLMグループに属するKLMオランダ航空のハブとして、欧州への出張者向けの配慮が行き届いたサービスがある空港だ。例えば、筆者は空港に向かう車の中から電話することで、搭乗を出発ぎりぎりまで待ってもらうという経験をした。

 これは一度の出張で複数の国を回る人間にとっては捨てがたいサービスである。欧州の窓口、または欧州の出口とするには、パリのドゴール空港やロンドンのヒースロー空港より便利な空港といってもいいかもしれない。

 半面、オランダと言えば、大麻を普通に買える国、「飾り窓」(風俗産業)が合法的に存続している国という印象も強い。

 つまり、オランダは自由な国なのだ。しかし、その自由さは企業経営や金融規制という観点では、必ずしも良い結果を招くとは限らない。

 例えば、日本のどの企業も取り組んでいるであろうJSOX(アメリカのSarbanes Oxley法に基づく内部管理を日本版に応用したもの)で、企業内をグローバルに一律管理しようとした場合、オランダでは法制度に対する考え方が異なるという現実にぶつかる。印象としては、法律の運用の仕方が緩い。その違いを考慮しないと、現地の実態的なルールより厳しいコンプライアンスと受け取られ、現地職員の不満に繋がりかねない。

 最近でこそ、EU内の企業誘致競争があって、このような問題は減る方向にあるが、完全になくなっているわけではない。

日産にふさわしくないオランダの子会社

 かつては金投資口座や日本国債リンク債の現物資産である金や日本国債は、オランダの金融機関に預けられていることが多かった。また、欧米のヘッジファンドが日本国債のショート・ポジション(価格が下がることで儲けるポジションのこと)をとる際、現物を借りてそれを担保に先物を売却する時、日本国債の現物を預ける場所として利用されていたのも、オランダにある金融機関であった。

 ところが、オランダの法制は、EUに加盟した後も、他の国と同じような厳しさがあるようでいて厳しくないところがある。誤解を恐れずにあえて言えば、数年前にデフォルト寸前まで行ったギリシャの税務当局のように規制の適用に甘いところがあるため、果たしてどこまで信じてよいのか疑問に感じるケースが少なくなかった。逆に、だからこそ、現在もGAFA(グーグル、アマゾン、フェースブック、アップル)がオランダに現地法人をつくっているとも言える。

 結局、日本からは遠い欧州大陸にあり、このような性格の国に、国内生産に頼る自社製品を売って利益を上げるというシンプルなビジネスモデルを持つ日産が、同じ日本のメーカーである三菱自動車とのアライアンスのための共同子会社を作るということは、正攻法な経営ではない。

 従って

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