メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

「決められない」欧州と「守ろうとしない」米国

花田吉隆 元防衛大学校教授

欧州委員会のユンケル欧州委員長(右)とフォンデアライエン独国防相=2019年7月4日、ブリュッセル、津阪直樹撮影

 5月末に行われた欧州議会選挙の要点は多党化だ。多党化とは簡単にものが決まらないということである。

 これまで、欧州議会は中道右派と中道左派の二大政党で過半数を占めていた。この両派で話し合えば大体のことは決めることができた。今回の欧州議会選挙の結果、この構図が崩れ、二大政党は初めて過半数を割り込んだ。代わって議席を増やしたのがリベラル会派、緑の党、極右ポピュリスト政党などだ。かつての二大政党は、この中のいずれかと連携しなければ過半数を占めることができない。

物事が決まらない欧州

 かくて、欧州では物事がなかなか決まらない。先の欧州委員長選びはその最たるものだ。委員長選びが難航したこと自体は様々な要因が重なり合っている。しかし、そのうちの大きな要因が、もはや、欧州中核国の独仏が決めたことでも欧州の総意として簡単に受け入れられるわけではない、という事実だ。このうち、フランスのマクロン大統領自身は先に挙げたリベラル会派に属するので、話は少しややこしいが、いずれにせよ、かつてのように、独仏が中道右派か中道左派の二大政党に属し、この二つで物事を決めた時代は終わった。

 政治の多党化を生む「社会の亀裂」の最大のものが「安全」だ。難民の大量流入を前に、欧州の人々は治安の悪化を心配し、伝統やアイデンティティーの危機に苛まれた。難民を受け入れ、皆が安心して暮らせる社会を目指すべきだとする「人道主義者」との間に埋めようのない亀裂が生じていった。

 「環境」ももう一つの亀裂だ。先の欧州議会選挙では、緑の党が西欧、北欧諸国で議席を伸ばし、東欧、南欧で目立った進出がなかった。環境を巡り、欧州の真ん中に断層が走っているかのごとくだ。言うまでもなく、東欧、南欧は経済が停滞し、あるいはいまだ発展途上にあり、環境より開発こそを至上価値とする。これに対し、西欧、北欧では、スウェーデンの高校生グレタ・トゥンベリさんが主唱した「未来のための金曜日運動」が路上を練り歩く。ドイツでは、緑の党が首相ポストを握るのではないかとすら噂される(拙稿「ドイツ・ブレーメンが占う今後のEUの動向」参照)。人々の間に明らかな環境意識の高まりがある。

 欧州統合の在り方も、特に「財政移転」を巡って対立が収まらない。南欧諸国は、北部欧州諸国がユーロの恩恵を最も受けていることもあり、苦境にあえぐ財政救済のためより積極的に財政移転せよ、と訴える。これに対し、独蘭等、北部欧州諸国は、自らの経済を立て直す努力が先決だとし、財政移転には消極的だ。ユーロ圏は、次の金融危機の火種ともいわれるイタリアを抱え、その体制は盤石でない。仮に危機が勃発し、ユーロ圏の足元がふらつくようだと影響は直ちに日本に及ぶ。

 「ポピュリズム政党」の存在も欧州の亀裂を広げる要因だ。先の欧州委員長選びでは、独仏等が合意した中道左派のフランス・ティマーマンス氏に対し、ハンガリーやポーランドのポピュリスト政権が、自国の司法制度や言論を巡る状況に批判的だったとの理由で選出を拒否、これが、人事を混迷させた一つの原因となった(拙稿「二転、三転の「混迷」を見せた欧州委員長選び」参照)。

欧州の社会自体が「多様化」

 政治は社会の実相の反映だ。

 欧州政治の「多党化」は、欧州の社会自体が「多様化」していることを表す。社会の多様化は90年代の冷戦終了の頃から一気に進んだ。グローバル化とデジタル化も大きな要因だった。

 「冷戦終結」を機に西欧、東欧を隔てていた壁が崩れ去った。東欧は市場経済に統合されたが、

・・・ログインして読む
(残り:約1833文字/本文:約3346文字)