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北朝鮮の短距離弾道ミサイルは許されない

ミサイル発射実験への反応が弱い国際社会。トランプ米大統領の言動には疑問だらけ

田中秀征 元経企庁長官 福山大学客員教授

2019年7月25日に発射された飛翔(ひ・しょう)体。朝鮮中央通信が報じた=朝鮮通信

 北朝鮮が7月25日から8月24日までの1カ月間で7回、日本海に向けて飛翔(ひしょう)体を発射。7回目の直後、日本政府は飛翔体を「弾道ミサイル」と断定した。

 北朝鮮が今回、打ち上げた飛翔体の多くは、短距離弾道ミサイルだと見られている、ところが、これに対する国際社会の反応はすこぶる弱い。批判する国はあってもささやき程度で、大きなうねりにはなっていない。この重大事にもかかわらず、国連安保理に緊急会議を要請する国もない。北朝鮮の高笑いが聞こえてくるようだ。

 とりわけ気になるのは、トランプ米大統領の発言だ。思わず耳を疑いたくなるような珍妙な内容である。

安保理決議に違反しているはずが……

 一連のミサイル発射実験について、トランプ大統領は北朝鮮の金正恩・朝鮮労働党委員長から10日に届いた手紙のとおり、米韓軍事演習が終われば発射も止まると言っていた。だが、実際には演習が終了してからわずか4日後、さらに2発が発射された。韓国が、日韓の軍事情報包括保護協定(GSOMIA〈ジーソミア〉)破棄通告をした直後であった。

 言うまでもなく、北朝鮮による短距離弾道ミサイルの発射実験は、国連安保理決議に明確に違反している。決議では、長距離だけでなく短距離も含めて、北朝鮮による弾道ミサイルの実験はすべて禁止されているからだ。

 にもかかわらず、トランプ大統領は8月23日の夜、「我々は短距離ミサイルは制限していない」と記者団に語ったという(朝日新聞8月25日朝刊)。アメリカ大陸に到達可能な長距離ミサイルは断じて許さないが、短距離はそもそもアメリカには届かないので、“米朝合意”には含まれていない、というのである。

 金正恩氏については、「彼はミサイル実験が大好きだ」と語るにとどめ、さらに「われわれも大きなミサイルの発射実験を、この間、行った」とも述べた。アメリカが8月18日、カリフォルニア州のサンニコラス島で地上発射型の中距離巡航ミサイルの発射実験をおこなったのを受けたものだ。

トランプ大統領がおかした間違い

2019年7月25日、飛翔(ひしょう)体の発射実験を視察する金正恩朝鮮労働党委員長。朝鮮中央通信が報じた=朝鮮通信
 一連の発言のなかで、トランプ大統領は幾つか大きな間違いをおかしている。

 まず、国連決議の内容についてである。先述したように、北朝鮮はたとえ短距離であっても弾道ミサイルの発射実験を禁止されていること、米朝間の合意がいかなるものであっても、両国が国連に加盟している限り、安全保障理事会の決議が優先され、一義的にその制約を受けることを、トランプ大統領は理解していない。

 アメリカが一般加盟国であるならともかく、言わば筆頭の常任理事国として国連決議を主導した経緯を考えると、トランプ大統領の言動は到底受け入れられるものではない。

 短距離ミサイルならアメリカ本土に届かないから許容できるという姿勢も、大きな間違いである。

 専門家の間には、北朝鮮の今回の一連の実験について、「飛距離は200~600キロ程度なので、基本的に朝鮮半島用だ」という見方もあるようだ(毎日新聞8月22日朝刊)。しかし、ミサイル発射が現在の日韓、米韓、米中関係を牽制(けんせい)する政治的な効果を狙ったものと見るのは、はたして正しいか、疑問を禁じ得ない。むしろ、ミサイル性能の高度化を試すという点に注目するほうがよいと私は思う。

 万が一、アメリカと北朝鮮が戦端を開くことになれば、在日米軍基地が真っ先に標的になると見るのが常識だろう。短・中距離ミサイルの性能を高めれば、米国艦船はもちろん、沖縄などにある米軍基地、あるいは日本列島に点在する原発施設を狙うこともできよう。短・中距離ミサイルの実験は決して許してはならないのである。

安保理決議違反を指摘した安倍首相だが……

トランプ米大統領(右)との首脳会談に臨む安倍晋三首相=2019年8月25日、フランス・ビアリッツ
 私はたまらず、出演していたテレビの番組で、安倍晋三首相に対し、トランプ大統領の短距離ミサイルへの姿勢について、きちんと意見してほしいと発言した。

 安倍首相はおそらく、フランスで開かれた主要7カ国首脳会議(G7)でおこなわれる日米首脳会議がその機会だと考えていたのだろう。8月25日の首脳会談で「(短距離を含めた)弾道ミサイルの発射は、国連安保理決議違反だ」と指摘したという。それに対しトランプ大統領は「首相の気持ちは理解できる。(日米の)立場の違いだ」と語ったと報じられている(毎日新聞8月26日朝刊)。

 大統領の言う「立場の違い」とは何か? 金委員長との「仲の良さ」の違いを言っているのか? 皆目見当がつかない。

 安倍首相の“忠告”も遅かったとは言わざるを得ない。理想を言えば、7月25日に最初の飛翔体が発射された時点で、直ちにトランプ大統領に注意を促すべきであった。なにもわれわれに知らせなくても、うちうちの電話での意見調整でもよかった。

 いずれにせよ、国連決議を平気で踏みにじるような言動は断じて許されない。北朝鮮のミサイル実験を「問題視しない」と言われ、黙っているわけにはいかないのである。

ミサイル発射を日韓関係改善に使う知恵こそ

 そこで気掛かりなのが、最悪の状態にある日韓関係だ。

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