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中国で「サイバーセックス」の奴隷になる脱北女性

罠にはめられた女性たち。サイバー空間で広がる現代版セックス・スレイヴズを直視せよ

塩原俊彦 高知大学准教授

danielo/shutterstock.com

 2019年5月、ロンドンに拠点をもつ韓国未来イニシアティブは、「セックス・スレイヴズ(Sex Slaves):売春・サイバーセックス・強制婚」という報告書を公表した。

 それによると、本国での皆殺し、奴隷化、長引く飢饉といった人権侵害を避けて20万人以上が中国本土に逃亡したという。他方、中国での北朝鮮人数の推定値は5万人から20万人で北朝鮮市民を含んでおり、その多くは中国で生まれながらも中国籍を取得していないとされる。

 同報告書は、女性の脱北者の6割が性の取り引き対象となっており、彼女らの50%近くは売春婦になるよう強制され、30%強は無理やり結婚させられるほか、15%は「サイバーセックス」を余儀なくされるという。

 筆者はこうした悲惨な状況について、もっと多くの人に知ってもらいたいと思う。「反日」や「嫌韓」といった感情の持ち主も、まずは「現実」を冷静にながめてみるところに立ち戻ってほしいのである。

「サイバーセックス」を強要される女性たち

 これはいま現在、起きている話だ。慰安婦(sex slaves)のような昔の物語ではない。

報告書「セックス・スレイヴズ(Sex Slaves):売春・サイバーセックス・強制婚」の表紙
 この報告書の信憑性を高める記事が2019年9月19日付ニューヨークタイムズの国際版1面トップに掲載された。「北朝鮮を逃れた後、罠にはめられた女性らは中国でサイバーセックスの奴隷に」というタイトルの記事である。

 そこでは2017年春、18歳の時に人身売買をする「密輸業者」に騙(だま)されて脱北後、サイバーセックスを強いられるようになった女性と、2018年11月に同じく中国に「密輸」された女性の話が紹介されている。2019年8月15日、2人は逃亡し、6日後に中国国境を越えてラオスにたどり着くことができた。背後には、韓国のキリスト教聖職者らの救出劇があった。

 彼女らの窮状を救う手立てとなったのは、皮肉にもインターネットを通じた情報交換であった。グーグル・アースを使えば、彼女たちの場所がピンポイントでわかる時代だからだ。一方、サイバーセックスの顧客は、ほとんど韓国からアクセスしていたと書かれている。Sex slavesに過敏であるはずの韓国人が、北朝鮮から騙されて逃げ出した女性たちを「買っている」という現実があるのだ。

クスリで羞恥心を麻痺させ長時間働かせる

 サイバーセックスを強要される彼女たちへの人権蹂躙(じゅうりん)ははなはだしい。中国人の「マフィア」はまず、彼女たちをクスリ漬けにし、羞恥心(しゅうちしん)を麻痺させ、長時間働かせている。なんと正午から朝5時まで、コンピューターの前に釘づけにされているのだ。本稿の冒頭で紹介した報告書によると、「今日、犯罪組織の3000万人強が中国本土で活動している」という。

 ロシアのマフィアに詳しい筆者からみると、中国のマフィアは共産党幹部とべったりと癒着しており、こうした「構造」こそ、北朝鮮女性を苦しめている元凶ではないかと思われる。中国共産党が汚職取り締まりを本格化させたとしても、「巨悪」はマフィアなどと深く結託しており、そう簡単になくならないだろう。

 まずは、こうした現実をできるだけ多くの中国人、韓国人、そして日本人に知ってほしいと筆者は思う。そして、こうした悲劇を繰り返さないためにどうすべきかを考えてほしいのだ。過去のセックス・スレイヴズsex slavesについて問題視するのは自由だが、それ以上にいま現実に起きている出来事にもっと関心をもつべきなのではないか。

サイバー空間で大きいダーティー産業の役割

 2019年8月に刊行した拙著『サイバー空間における覇権争奪:個人・国家・産業・法的規制のゆくえ』(社会評論社)の序章「技術と権力」と第二節「サイバー空間を切り拓くダーティー産業」において、カジノなどの「ダーティー産業」が新技術のソフト面の普及に重要な役割を果たしてきた点を論じたことがある。そこに次のように書いた。

 たとえば、サイバー空間は国境を越えた情報交換を可能とするから、そこでカジノを運営すれば、カジノが禁止されている国や地域に住む人々であっても簡単にカジノゲームを楽しむことができる。もちろん、賭博行為もインターネット決済を通じて容易にできる。匿名性を担保できる決済がサイバー空間で可能になると、麻薬などの取り引き決済にもサイバー空間が大いに利用されるようになる。だからこそ、サイバー空間は「サイバー・カジノ」や「オンライン・カジノ」、さらにマフィアビジネスといったダーティー産業にとって重大なビジネスの場となりえたのだ。ほかにも、性にかかわるポルノビデオなどの販売が巨利につながった。あるいは、インターネットを使った売買春の斡旋ビジネスを可能とした。国や地域で性関連の規制が異なっているにもかかわらず、国境を越えてビジネスができるようになれば、顧客はいくらでも見つかる。

『サイバー空間における覇権争奪:個人・国家・産業・法的規制のゆくえ』(社会評論社)
 こう考えると、サイバー空間にかかわる多種多様な問題のなかで、ダーティー産業がはたす役割にも注意を向ける必要があることになる。とりわけ筆者が専門とするロシア地域に目を向けると、政府とダーティー産業が結びつき、それが政府主導のサイバー攻撃といった看過できない問題を生んでいることがわかる。

 例えば2003年頃、ソ連時代の国家保安委員会(KGB)の後継機関、ロシア連邦保安局(FSB)はハッカーを利用する価値に気づき、彼らを取り込むようになった。2002年にトムスク州の学生がはじめた、いわゆる「分散型サービス拒否」(DDoS)攻撃の有効性に着目したのである。

 ついでに指摘しておくと、ウラジーミル・プーチン大統領はサンクトペテルブルクを根拠地とするマフィアときわめて近い関係にあった。それが彼の身の安全につながったのである。こうしたマフィアとFSBが結託し、いまのロシアの支配構造を構築していると言えよう。

目を見開いて「現実」を知ってほしい

 北朝鮮でも、中国でも、あるいは韓国でも日本でも、多くの人々は「現実」を知らない。

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