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医師の働き方改革はどうあるべきか

「患者とともに生きる」精神で頑張らないと医療の質向上と患者からの信頼は得られない

高本眞一 東京大学名誉教授、医師

 医療の中で一番大切なミッションは、いつの時代も患者を病気からいかに助けるかということです。そのために前回の記事では「患者とともに生きる」精神で医療を進めていくことの必要性を述べました。「患者とともに生きる」ために、今後いかに新たな医療システムを構築していくかということを我々医療者だけでなく、国民とともに考えなければならないと思います。今、医療のなかでの働き方改革が問題になり、厚生労働省からも今年3月に大きな計画書が提出されました。そのことに関して、心臓血管外科医として私の意見を述べたいと思います。

医師の働き方改革が動き出した

 厚生労働省の医師の働き方改革で「A水準」として一般的な医師には年間960時間の時間外労働が認められるということになりました。その他に特殊な例として、「B水準」として地域医療確保のため、医療機関を特定して地域医療を担っている医師に年間1860時間の時間外労働が認められ、また「C-1水準」として研修医が基礎的な能力を習得するため、そして「C-2水準」として高度技能の育成のために臨床従事者の働きを高めるために同じように年間1860時間の時間外労働が認められるということになりました。多くの医師は、今回全科、全医師に全く同じ時間外労働が提案されるのではないかと心配していましたが、複雑な医療状態の現状を考慮にいれ、暫定的であるにしろ、年間1860時間の医師の時間外労働を国民と患者のために取り入れる可能性を作ったことに関して、我々は賛意を表明したいと思います。

 年間960時間の時間外労働は 月に80時間、週に20時間の時間外労働が主な形です。心臓血管外科医は術後の患者管理で突然患者の容態が変化することがあり、毎晩誰かが当直をしなければならないことが常識になっています。週1回15時間の当直をすると後の日は1日に約1時間しか時間外労働ができないということになります。B, C水準の1860時間では 月に155時間、週に約35時間の時間外労働で、週に1回当直すると残りの週4日は1日5時間程度の時間外労働が認められるということになります。

 この余裕の時間で日中は手術で多忙でも術前の患者の教育、術後の患者の管理、新たな治療法への考察などに時間を費やすことが可能となることで患者のための医療への前進に役立つことと思います。この1860時間の時間外労働は米国のレジデントの労働荷重を減らすために行われた時間外労働を含めた週80時間の労働時間とほぼ同じレベルで、世界的にもまた日本の若手心臓血管外科医にも納得のできる時間外労働と考えられます。

Irina Strelnikova/shutterstock.com

心臓血管外科医の時間外労働

 心臓血管外科は医療界の中でも手術時間が長い症例が多く、時間外労働がどの科よりも一番長いのが特徴でもあります。日本での心臓血管外科医の労働時間は最近のアンケート調査によると、平均的な週では60時間以上が75.5%、80時間以上は28.1%でした。忙しい週になると80時間以上は81.1%、その内120時間以上が27.8%となっています。この労働時間の計測は現場では自己研鑽との境界があいまいであったり、当直もすべての時間を時間外に入れなかったりすることがあり、現場の心臓血管外科医の労働はこの時間外労働よりもはるかに多いことは多くの心臓血管外科医は納得しています。

 この1860時間以内という年間時間外労働の上限を2024年までに日本の全病院の労働条件として規制し、その後2035年末までに、1860時間を960時間以内にするように厚生労働省は予定しているようです。その大きな理由について「医師も労働者であり、働き方改革を受けなければならない。時間外労働をすることにより、ひどければ、健康を阻害し、時には自殺行為による過労死を起こしてしまう。過労死は防がなければならない」と説明しています。

 しかし、医師も労働者であるという考え方は、一部は認められますが、他の一般の労働者と違う側面、特徴を持っていることも皆で認識しなければならないと考えます。医師は患者の生命を守るという大きなミッションがあり、そのためにある時間を患者のために費やし、そのことが医師の生き方において一番大きな使命であることを医師は教育され、認識もしています。故に一般の労働者と同じ労働条件では医師、特に心臓血管外科医のミッションを達成することは困難であることを考慮すべきと考えます。

過労死の原因

 時間外労働のため過重労働が起こり、過労死がおこるので、これを防がなければならないというのも大きな目標になっています。日本の過労死の場合、過重労働により本人の精神的弱体化を起こすことが大きな問題点となっています。自殺の場合、本人の周囲、上司や同僚との人間関係も影響していることが想像されます。精神的疾病が起こるにしろ、同僚や上司との人間関係が円満ならば自殺ということは防げるかもしれないと想像します。子どもの自殺原因は交友関係における「いじめ」が高い割合を占めていますので、大人でも同様なことが考えられ、労働時間だけを考慮するのは過労死の本質の問題から離れすぎていると思います。

 時間外労働が一番多いと言われる心臓血管外科は、通常チームワークで仕事が行われており、チーム内の人間関係は良いとされ、過労死は他の科と比べても多くないのではないかと思います。何よりも我々の行為の中で一番大切にするのはミッションで、「患者とともに生きる」精神を充実させて医療をなすべきで、その次に医師の健康という問題、時間外労働の問題を取り扱わなければならないと考えます。この医師の時間外労働の問題だけを第一に扱うと日本の医療の質が確実に低下することが予想されます。

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データベースによる医療の質の評価

 私は日本の心臓血管外科手術のデータベース事業を2000年から始め、現在日本の全ての心臓血管外科手術のデータを分析しています。日本心臓血管外科学会とともにこのデータベースに基づいて問題があると思われる施設に改善策を提案し、質改善のための意見交流を実施して、質の向上に努力しています。現在、心臓血管外科領域では米國が国際的にトップレベルの成績を出していますが、我々のデータベースの結果は日本の心臓血管外科の成績が米国とほぼ同じレベル、ある分野は米国よりもさらに優秀な成績を出していることを明らかにしてきました。

 働き方改革で時間外労働だけを考慮して、患者のための医療の質をしっかり改善するように努力しなければ、手術による死亡の増加など医療の質の低下が起こり、患者にネガティブな影響が直接出てくる可能性があると心配しています。今後、種々の医療システムの改善が予定されていますが、心臓血管外科の臨床の現状は「患者とともに生きる」医療の中で医療の質の向上を進め、データベースでも手術成績のさらなる改善を導かなければならないと考えます。

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看護婦の特定研修とPA制度

 厚生労働省の予定では医師の時間外労働を減少させるために、タスクシフトとして看護婦の特定研修により今まで医師にしかできなかった医療行為の一部を、研修を受けた看護師にやってもらうことになっています。今後5年のうちに全国の各科の臨床現場に1万人の看護師を医師のタスクシフトとして頑張ってもらうことが予定されています。このことによって、医師の時間外労働は7%少なくなると予想されていますが、このようなことで全国の医療施設における時間外労働が目標通り少なくなるのは難しいのではないかと考えます。

 看護師でこの特定研修を受ける科目は外科、内科、脳外科、整形外科、救急などがあるようですが、心臓血管外科は臨床実技の内容が複雑でかなりの勉学が必要なため、この科のタスクシフトを希望する看護師は極めて少ないのではないかと言われています。医師のタスクシフトとしての看護師は医療の現場での支援に役に立つと考えられますが、医師の代わりに当直をすることはできませんし、1万人の看護師では1施設あたり十分な数の看護師を確保することができず、全国の医師の時間外労働を全て少なくすることは難しいと思います。

 米国では「ナース・プラクティショナー」(NP:Nurse Practioner)、「フィジシャン・アシスタント」(PA:Physician Assistant)制度があり、医師と看護師の間で患者のために有効な医療を代行でできることになっており、米国の医療制度の中でも効率的で、米国の医師の労働時間を減らすのに極めて有効に動いています。米国のこのNP制度は1965年に始まり、NPは全米で 12万5千人以上おり、毎年8千人のNPが誕生していると言いますし、PAも全米に8万5千人以上いて、毎年5千人のPAが誕生しているとのことです。日本がこれから始める体制よりもはるかにしっかりと多くの人によって医療制度が構築され、医師の労働を大幅に減らすことに成功しています。

 米国でのNPは日本の特定看護師制度に似ていますが、個人開業ができたり、処方権を持ったりするので、日本での導入には問題があると考えられます。PAは医師のアシスタントとして、何人かの仲間とともに手術の助手や患者の術後管理など日本の看護師の特定研修よりも広く働いているため、臨床の実力はつき、医師の労働時間の削減に多いに役立てられると考えられます。PAとなるためには看護師だけでなく、検査技師、ME技師などの臨床経験の上で2年間の教育を経て、レジデントの5年生ぐらいの実力をつけて医療支援を行っており、一つの施設で何十人ものPAが働いています。こうしたPA制度が日本にあれば、当直も含めて、医師の時間外労働を減らすだけでなく、日本の医療制度そのものを安定した形に確立できることが期待されます。

病院施設の集約化

 日本の医療制度の中でもう一つ大きな問題は 日本は医療施設の数が多く、一つひとつの施設は小規模の病院が多く、各施設の病床当たりの医師数が少ないということです。日本の病院数は8300であるのに対し、米国では5600です。また、人口1000人当たりの病院病床数は日本では13.2床であるのに対して、米国では2.9床です。人口1000人あたりの医師数は日本では2.3人であるのに対し、米国では2.6人となっています。また、1病床あたりの医師数は日本が0.19人であるのに対し、米国は0.95人となっています。

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 最近、厚生労働省が全国の公立・公的424病院施設に対して統合する必要があると提言しました。これも日本に病院が多すぎて、また一つの病院に対する病床数が少なすぎるけれども人口当たりの病床数は多く、非効率で患者のためにならないことに対する方策と考えます。

 特に心臓血管外科では 成人疾患対応が592病院あり、先天性疾患対応は121病院あります。我々のデータベースに基づけば、1年の手術数は成人が7万件、先天性疾患(幼児)が9200件で、平均すると成人1施設の症例数は118例で、先天性は76例となっています。成人の施設では年間50例以下が128施設、50例以上100例以下が157施設です。症例数が少ないと手術成績がよくないことは世界的にも知られていることですが、日本でも同様の結果が出ており、国民に質の良い医療を提供するためには 症例数の少ない施設を集約化して、患者とともに生きる医療ができる施設を増やしていくことが必要であると私は主張したいと思います。

 特に働き方改革で時間外労働時間を1860時間以内に少なくしなければならない状態では、心臓血管外科は全施設がこの認定を受けて、また同時に当直体制をしっかり確保するためにも、症例の少ない施設を集約化しなければならないと考えます。当直は医師がやらざるを得ません。働き方改革の時間外労働をみると、1人の医師は週に1回しか当直できませんから、心臓血管外科としては最低7人の医局員が必要となります。そして、7人の心臓血管外科医が十分に満足した臨床活動をするためには年間最低100例ぐらいの手術が必要であると考えます。年間100例の心臓血管外科手術を施行するには週に約2.5例の手術が必要で、手術症例数が多くなれば、手術成績もよくなり、患者にも満足してもらえる成績を上げることが可能であると考えます。

 また、心臓血管外科の手術が年間100例を超える場合、その中で冠動脈バイパス術は40例を超えることが予想されます。日本のデータベースによれば、冠動脈バイパス術が年間40例を超えると成績が安定してくることが明らかになっており、施設にとって患者に信頼されうる施設になると考えられます。しかし、年間50例以下の施設は手術成績も満足すべきデータを得ることが難しく、また当直も含んだ時間外労働時間も制限内に確保することが難しく、集約化の対象となっていくことが考えられます。年間50例以上の施設も時間外労働を1860時間内に収めるためには2024年には100例以上となるために努力する必要があります。これはただ症例数が増えればよいという訳でなく、「患者とともに生きる」医療を広げることを通じて医療の質の向上を求めて、また地域の住民の信頼を得て症例数を増加させることが大切であり、集約化も他施設とともに考慮することも大切です。

 データベースは各施設の手術の成績を患者の重症度に合わせた評価をしており、医療の質の評価に極めて有用であります。そのデータで質が高いと評価されるなら将来性は多いにあると考えられますが、その評価が十分でないときは病院長とも相談して、技術の向上、患者の信頼の回復を目標に全力を尽くして改善を尽くすことが大切と考えられます。集約化に関しては厚生労働省、学会、病院経営者、病院長や部長などの考え方や協力体制が関係してきますが、医療の質の向上が一番肝要です。厚生労働省の医療政策が将来への希望を担いますので、集約化に関しては厚生労働省に多いに期待したいところです。

 繰り返し申しますが、一番大切なのは「患者とともに生きる」医療を目標とすることですので、その為に皆で協力することが必要です。このような協力関係から集約化が進みますと、データベースでは日本の心臓血管外科が世界でトップの医療の質であることを明らかにできると私は期待しています。

MIND AND I/shutterstock.com

まとめ

 働き方改革で時間外労働が、通常年間960時間、もっと余裕が欲しい領域は1860時間ということになりますが、これは2035年末ですべて960時間にするということでもあります。看護師の特定研修によるタスクシフトでは医師へのサポートは不十分で、PA制度を日本にも作ってしっかりした医療体制を構築してほしいと思います。

 何よりも大切なのは、医療は「患者とともに生きる」精神で頑張らないと、医療の質の向上や患者からの信頼などが得られない可能性があるということです。1860時間の時間外労働は、心臓血管外科やその他の極めて医療に時間を要する科目では2036年以降も継続できる可能性を維持できるようにするのがよいと考えます。PA制度が十分に構築できた時には将来臨床現場の状況に合致する時間外労働体制が作れて、患者、医療者の満足できる体制ができると思います。

 働き方改革の中で時間外労働が他の科よりも長いとなると、時間外労働が長い心臓血管外科医を希望する若手医師が少なくなることが憂慮されます。しかし、医療の中で患者の生命のための働き、生きがいという点では他の領域よりも大きな希望があることを理解できる若手医師は必ずいると期待したいと思います。施設数は少なくなっても、優秀なやり手医師に高いインセンティブを与えて質の高い医療体制を作らなければいけないと思います。

 過労死の問題に関して時間外労働だけを表面的に評価するだけになっているのは大きな問題で、周囲の人間関係も問題に含めて、より良く過労死の問題を解決していくべきだと思います。それによって時間外労働の問題を正しく解釈できるようにしなければならないと思います。

 病院の集約化は今後の医療の質をさらに改善するために必要なことで、厚生労働省、病院経営者、大学病院、学会が協力して、いい医療体制を構築しなければならないと思います。

 どのような状況でも医療者の重要なミッション「患者とともに生きる」医療を今後とも現場で継続できるように皆で頑張れるようにすることが大切だと思います。

William Potter/shutterstock.com

プロフィール

髙本眞一(東京大学名誉教授)
1947年生まれ。松山市で育つ。1973年東京大学医学部卒業。三井記念病院、ハーバード大学医学部、国立循環器病センターなどを経て、東京大学医学部胸部外科教授、日本心臓血管外科手術データベース機構代表幹事、医療政策人材養成講座設立、その後三井記念病院院長。日本心臓血管外科学会名誉会長。著書「患者さんに伝えたい医師の本心」など。