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中国の「中国化」と米国の「米国化」の結末は?

「中国を変えていく」政策は破綻し、米国はどんどん内向きになる。日本はどうすべきか

田中均 (株)日本総研 国際戦略研究所特別顧問(前理事長)、元外務審議官

米中衝突は必然となるのか

 1989年11月9日にベルリンの壁は崩れた。欧州にいて崩れるさまを目の当たりにした私は驚愕した。まさかベルリンの壁が落ちるとは、まさか冷戦に終止符が打たれるとは――。

 それから30年。当時、今日の国際社会を誰が正確に予測しえただろうか。

 冷戦で抑えられてきた宗教対立や領土紛争が頻発するだろう、とか、キリスト教文明とイスラム文明の対立になるだろう、とか、米国の一極体制となるだろう、とか予測した人々は多いのかもしれない。

 確かに、それらの人々は間違っていなかった。冷戦後、領土紛争に起因するイラクのクウェート侵入、宗教と民族が入り乱れたユーゴ紛争が起こり、二度にわたるイラク戦争は時代を象徴した。

 しかし、結果的に今日の世界を決定づけた最大の特徴は、グローバリゼーションによってもたらされたものである。

 ヒト・モノ・サービス・カネが国境を越え、先進民主主義国と新興国の国力の差を縮まり、「アメリカ・ファースト」を掲げるトランプ大統領の下で、米国の圧倒的な指導力は地に落ちた。

 これを多極化ないし無極化と言うとすればその通りだろう。しかし、同時に、この現象だけが今後30年の世界を決定づけていくとも思われない。

 これからの世界で最も恐れられるのは中国が「中国化」を一層進め、米国が「米国化」を更に進める結果、米中衝突が必然となることなのではないのだろうか。

G20の記念撮影に臨む中国の習近平国家主席(左)とトランプ米大統領=2018年11月30日、ブエノスアイレス

「中国を変えていく」政策は破綻した

 1970年代に中国の鄧小平が改革開放路線をとって以降、米国や日本など西側社会が期待していたのは、中国が資本主義を取り入れ、国際社会と関係を深めることにより、中国は変わっていく、場合によっては民主主義体制にソフト・ランディングしていくという事だった。

 先日、日本経済研究センターと米ブルッキングス研究所の共催セミナーにパネリストとして参加していて強い印象を持ったのは、米国の民主党系の学者の人々ですら、口をそろえて「もはや中国をエンゲージし、変えていくという政策は破綻したのだ」と述べていたことだ。

 米国は、とりわけ冷戦終了後、中国との協力を前面に出し、日本と共に中国のWTO加入を支援し、時には中国は「リスポンシブル・ステークホールダー」であるとして中国の国際社会における役割を肯定的にとらえようとしてきた。

 ところがここに来て、中国が大きく変わることはない、と米国は認識を固めたようだ。

 世界第二の経済規模を持つに至り、米国の6割の経済規模を持ち成長を続けるだけでも米国の脅威に映っているのかもしれない。それに加え、南シナ海で軍事的活動を強化し、アジアインフラ投資銀行(AIIB)や「一帯一路」等の中国を中心に据える独自の構想を推進し、ハイテクで競争力を強め、「シャープ・パワー」と言われるようにシンクタンクへの資金拠出や留学生の大量派遣を通じる米国社会への影響力の浸透するに従い、米国は明確に中国を「脅威」と見なしたのだろう。

 事はそれだけでは終わらない。ここへ来て中国は更なる「中国化」に舵を切った。

「中国化」はどこまで進むのか

 現在中国共産党にとって最大の課題は経済成長率の急激な低下をどう止められるかという事だ。

 中国政府が発表する経済成長率が正しいかどうかの議論はあるが、政府の発表に従っても2019年の目標値である6~6.5%の最下限を達成しうるかどうかだ。二桁の成長が7%台、6%台へと下降し、更なる成長率低下は必至なのだろう。

 中国共産党の統治の正統性の源泉が成長の担保にあったのだろうし、成長が大幅に低下していく事は統治の危機と見なされても不思議ではない。

 習近平総書記は経済成長を担保するため、引き続き市場開放を拡大する事やビジネス環境を良くすること、国際協力を深化させること等を事あるたびに述べているが、同時に国内的引き締めを格段に強化してきた。反腐敗闘争による共産党内の引き締め、大学やシンクタンクなどの言論統制、ネット規制、監視カメラや個人データの把握を通じる監視社会の徹底だ。キャッシュレス社会も個人情報保護法制がない中国では格好の国民監視手段だ。

 このところ中国の書店には共産党思想関係の本が数多く並ぶ。経済面の改革開放と国内自由の束縛・引締めという「中国化」がどこまで進むのか。

 香港騒動はそういう中国にとってはアキレス腱となりかねない。経済を重視すれば国際社会の制裁を招きかねない人民解放軍による強制措置はとり得ない。しかし、香港市民の要求にずるずる譲歩を重ねることは中国本土に波及しかねない。「一国二制度」と言いながら何が一国二制度なのか規定せず、現状維持を図ること以外策はないのだろう。これは台湾でも蔡英文政権に有利に働くのだろう。

香港返還20年を記念する式典で握手をする中国の習近平国家主席(右)と香港の林鄭月娥行政長官=2017年7月1日、香港

 共産党とって「中国化」と対米関係の相関関係は波乱含みだ。

 米国との関係で中国は二律背反的な行動を迫られている。経済成長を考えれば早く米国との経済制裁に終止符を打ちたい。対米輸出が激減するだけではなく、対米輸出を求めて中国国内の生産設備が東南アジア諸国に移転し、更に成長阻害要因となる。

 一方、米国の強圧的な態度に屈する形をとる訳にもいかない。もし赤裸々な屈服と言う形となれば共産党内での権力闘争が国民の反米ナショナリズムを使う形で噴出することも考えられないではない。

米国はどんどん内向きになる

 米国も「米国化」が進む。

 米国の指導力を強め、国際社会の秩序を維持するのが中長期的な米国の国益に繋がるという従来の考え方から、トランプ大統領は「アメリカ・ファースト」を掲げ、米国にとって目に見える短期的利益の追求に走る。

 対中国については先に述べた米国の本質的な考え方の変化、即ち、「もう中国は変えることが出来ない」とトランプ大統領の単視眼的アプローチが矛盾しない。

 トランプ大統領は一年後に迫った大統領選挙での再選に向けて成果を作るべく、おそらく今年中に米中首脳会談を行い「第一段階の合意」なるものを成立させるのだろうが、米中関係は引き続き、ハイテクや投資問題、香港問題、来年一月の台湾総統選挙、南シナ海問題などの深刻な対立軸が残るのだろう。このような対立軸は今後の米国政治の展開如何では米中衝突の導火線となり得る。

 「米国化」の意味は中長期的利益から短期的利益の重視を意味するだけではない。米国の統治が東部エスタブリッシュメントのエリート的統治から、非プロフェッショナルな統治へと変わってきたことを意味する。

 ブッシュ大統領の長年にわたった中東での戦争や、オバマ大統領の極めてリベラルな統治を経て、トランプ大統領は自分の支持基盤への働きかけを重視し、既成の政治勢力やメディアとの対立軸を明確化し、ツイートによる短絡的な発信を行ってきている。例えばシリアからの米軍の唐突な撤退をツイートで発信し、シリアでアサド政権と闘ってきたクルド人を見放すことになり、トルコの介入を招いたとしても実行してしまう。プロフェッショナルな情勢分析評価とは無縁な政策形成だ。

 米国は国際協調や同盟関係の強化といった伝統的政策からは離れ、「アメリカ・ファースト」を掲げ、どんどん内向きになって行くのではないか。同時にトランプ大統領のアメリカの行動は予測可能性に欠ける。

ホワイトハウスで記者団からの質問に答えるトランプ大統領=2019年10月25日、ワシントン

米中衝突の蓋然性の排除が日本外交の戦略目標

 このような中国の「中国化」と米国の「米国化」は何処へ行きつくのだろうか。

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