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サルコジが日本で面会。ゴーン奪還に動くフランス

即位の礼で来日のサルコジ元大統領はなぜ、フランス大使館でゴーンと会ったのか

山口 昌子 在仏ジャーナリスト

公判前整理手続きのため東京地裁に入るカルロス・ゴーン被告=2016年6月24日、東京・霞が関

 フランス国家(「政府」ではない)がカルロス・ゴーンの“奪還作戦”に乗り出したようだ。この秋、新天皇の即位式にフランス国家を代表して出席したニコラ・サルコジ元大統領が、密かに長時間、カルロス・ゴーンと面談していたことが判明。くわえて、右派政党・共和党などの主力議員を中心に「フランスでの公正な裁判を要請する」との署名運動も展開される。国家の威信を重んじるフランスの作戦は、はたして奏功するだろうか?

フランス大使館での長時間の会話

「即位礼正殿の儀」に参列するフランスのサルコジ元大統領=2019年10月22日、皇居・宮殿
 サルコジは10月22日に行われた新天皇陛下の「即位礼正殿の儀」に、フランス国家を代表して出席した。その折、東京・麻布のフランス大使館でカルロス・ゴーンと会ったと、11月17日発行の日曜新聞「ジュルナル・デュ・ディマンシュ」が報じた。サルコジ自ら、同紙の取材に対し、「わらわれは長時間の会話を交わした」と言明している。

 サルコジはマクロン大統領の指令のもと、「フランス国家代表」の資格で新天皇の即位式に出席するため来日した。しかも、ゴーンと面談した場所はフランス大使館である。とすると、今回のサルコジの動きはフランス国家公認、背後にマクロン大統領がにいると考えるのが自然だろう。

 同紙には、サルコジの出身母体である右派政党・共和党(LR)と中道右派政党・民主独立連合(UDI)などの20人以上の議員が参加した「カルロス・ゴーンは公正な裁判を受けるべきだ」との署名と、本国での裁判を要請する「呼びかけ」も同時に掲載された。署名には、LRの新総裁に選出されたばかりのクリスチャン・ジャコブ、ジェラール・ロンゲ元国防相、UDIのジャン=クリストフ・ラガルド党首ら野党の有力議員。さらに、政権党・共和国前進のアンヌ・ジェネト外交委員も名を連ねている。

なぜかウマが合うマクロンとサルコジ

マクロン仏大統領=2019年6月21日、ブリュッセル
 サルコジとマクロン。一見すると真逆にも見える二人の関係は、決して悪くない。なぜか?

 マクロンは、いわば、“政治の父”といえるオランド前大統領(社会党)を裏切る形で、「共和国前進」を結成し、大統領に当選した。つまり、オランドの政敵のサルコジとは、「敵の敵は味方」という関係になる。

 おまけに、なぜか二人はウマが合うらしい。実際、公の式典などで、親し気に談笑している光景が、テレビ画面などで何度も映し出されている。今回の新天皇即位式典への出席も、「元大統領」という肩書だけでなく、国家元首であるマクロン大統領が、自らの「名代」として親しいサルコジを派遣したとみられている。このことの意味は重い。

 余談ながら、知日家、親日家で知られるシラク元大統領の国葬に、日本からは誰も馳せ参ぜず、駐仏日本大使が参列しただけだったが、これはまさしく日本の「外交音痴ぶり」を白日の下にさらした事象と言っていい。

 フランスの大統領は、行政の長であると同時に国家元首である。日本に照らしてみれば、首相と天皇陛下を兼務しているかたちだ。つまり、シラクは元国家元首なのである。だからこそ、その国葬には党派を超えて、米国からはクリントン元大統領が、ロシアからはプーチン現役大統領がやってきたのだ。

 日本政府は「日本から参列するには、時間的に無理だった」(外交筋)と弁明するが、シラク死去は9月26日朝、国葬は30日午後だ。フランス政府は遠方からの参列者の時間的余裕も考慮して国葬の日程を設定しており、下手な言い訳にしか聞こえない。

日本は国際協定無視の発展途上国

 話を戻す。

 上記の「ゴーン奪還」の「呼びかけ」を見ると、いかにもフランス的レトリックに満ちている。

 「カルロス・ゴーンは法律の枠組みの上にいるわけでもなければ、特別な裁判の恩義が得られる立場であるわけでもない。しかし、彼には公正な裁判を受ける権利がある。事件勃発以来、主要国会議(G7)のメンバーである日本も批准している人権に関する国際的協定が何度も侵害されている」と指摘。それゆえ、ゴーンはフランスに送還され、「公正な裁判」を受けるべきだと主張している。

 日本は、まるで国際協定無視の発展途上国のような扱いを受けているが、「人権国家フランス」から見ると、そういうことになるらしい。昨年11月19日の羽田空港での逮捕以来のゴーンに対する処遇は、フランス人にとっては、「まったく信じられない処遇」(ジャン=マルク・エレル元判事)だからだ。

人権無視だらけの日本の措置

カルロス・ゴーン日産前会長の妻キャロル氏=2019年6月20日(テレビ電話の画面を撮影)
 まず、逮捕以来、96日にも及ぶ長期拘留は、「フランスではテロリスト以外は考えられない」(同)。また、一貫して「無実」を主張しているゴーンに対し、「有罪にするには、自白が最も手っ取り早くて有効。自白狙いの長期拘留ではないか」(同)とも指摘されている。要は、「自白強要の精神的虐待、人権無視」に相当するというわけだ。

 さらに、今年4月25日に多額の保釈金を積んで刑務所を出所した後も、弁護士などごく限られた人物との接触のみが許されているだけで、「永遠の監視下」に置かれているという点も、「人権無視」ということになる。パスポートは日本当局が預かっているので、「島国の日本からの逃亡のチャンスなどないのに」(同)と不思議がられてもいる。

 さすが「愛の国」だけに、フランス人が最も抵抗を感じているのが、「夫人との接触を許可されていない」点だ。日本の当局にすれば、一種の“共犯者”の夫人との接触禁止は当然の措置だろうが、「7カ月も(夫人と)会っていないなんて、こんな非人間的な処遇は人権協定違反が明白」(同)というわけだ。11月21日にビデオ会議システムを使っての面談が東京地裁に認められ、22日には弁護士が立ち会って面談が行われたが、フランス人の怒りはどこまで収まるか。

ゴーン失脚の影響が依然、大きい日産・ルノー

 ゴーンの逮捕から1年がたち、日産もルノーも「ゴーン後」の体制が着々と進められている。ルノーのスナール会長は最近、民放ラジオで、「われわれにとって、ゴーン事件はすでに過去だ。企業も社員も前を向いている」と言明し、「悪夢」のような事件は「過去でしかない」と強調した。

 とはいえ、日産にしろルノーにしろ、ゴーンの独裁体制が貫徹していただけに、ゴーンの失脚による被害や影響は依然、大きい。

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