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香港の警察はなぜ暴力をエスカレートさせるのか

逃亡犯条例撤回でも進む「警察都市」化

富柏村 ブロガー

 香港で6月に本格化した逃亡犯条例に反対する市民の大規模な抗議活動が始まってから半年が過ぎた。この条例じたいは9月に入り林鄭月娥・行政長官が正式に「撤回」を表明、10月に立法会(香港特区の国会に相当)で正式に撤回された。これで抗議活動は一つの成果に達したのだが、市民の怒りは収まるどころか更に強くなっている。

 その大きな原因になっているのが、「警察の暴力」だ。

世論の鎮静化を妨げた暴力的鎮圧

警察の暴力を非難する横断幕を掲げるデモ隊=2019年7月14日

 11月24日の区議会選挙は民主派が圧勝して8割の議席を獲得、親中派で政府寄りの「建制派」政党は大敗した。区議会は政治的役割は薄いのだが、この区議会選挙は小選挙区制で、今回479議席中27議席の新界地区にある郷事委員会〔Rural Committee〕枠を除く94%の議席が有権者の直接普通選挙で選ばれる、香港で唯一の直接普通選挙制度を採用している。そのため、過去にも2003年に香港政府が香港基本法23条に基づく国家治安条例の立法化を図った際には、翌年の区議会選で反政府世論が民主派を勝たせた過去があり、今回はそれを上回る政府批判となった。

 それでも、林鄭月娥長官は逃亡犯条例撤回以外、これ以上の要求には妥協しない強い意思を表明し、香港の混乱した社会の安定化が最優先課題だとする。反対派は政府が民意を汲み一歩一歩、政治的な問題の改善に努めることが社会の安定化への方策だとする。この対立には双方、一切の妥協を許さず、解決のメドが全く立っていない。

 この市民の「反乱」がここまで深刻になる契機は6月12日だった。

 同月9日の100万人デモがあっても政府は逃亡犯条例改正の立法手続きを進め、立法会で審議がある12日に反対派市民が立法会を取り囲んだ。政府は警察力でこれを弾圧し実力行使に出た抗議者を逮捕、抗議活動を「暴動」と形容した。抗議派はただちに、逃亡犯条例撤回・暴動言及の撤回・逮捕された抗議者の釈放・警察の暴力的鎮圧に対する独立委員会での調査と林鄭長官の辞任を求めた。これが今日まで続く「五大訴求」である。

 今更「たられば」は意味がないかもしれないが、抗議派を激昂させる「暴動」といった認識を示さず、抗議者の強行逮捕に出ず、この時点で政府が強大な反対の声に応え条例立法化を見直していれば、その後の混乱に至ることはなかった。しかし香港政府にとって、この逃亡犯条例の立法化は中央政府に対する最大の成果の見せ場となっており、絶対に撤回できるものではなく、それに反対する者は「反政府暴動に加担」であった。この政府の強行姿勢が6月16日に200万人という香港史上最大の大規模抗議となり、林鄭長官は慌てて18日に謝罪と立法化の無期延期を表明する。

 この「強行から見直しへ」の姿勢は、激昂する世論を多少なりとも鎮静化できるはずであった。しかし、それを阻害したのが「警察の暴力」なのだ。

デモ文化に寛容だった警察の転機となった雨傘運動

 1989年の天安門事件で中国国内の民主派を支援する香港市民の活動や中央政府に対する抗議、1997年以降の香港政府に対する市民の抗議活動でも、香港警察は大規模な集会やデモに寛容的な姿勢を見せ、抗議活動が安全に実施されるよう警備に努めていた。

 デモ渋滞で憤る運転手を「ちゃんと許可されたデモだから」となだめ、車椅子に乗った参加者が市電の線路をまたぐのを介助し、デモ隊と雑談するなど、デモに優しい警察。香港のいわば「デモ文化」を側面から支えていた警察の姿勢に大きな転化をもたらしたのが、2014年の雨傘運動だったといえる。

香港の中心街・金鐘の路上を占拠し、運動のシンボルとなった雨傘を差す人々=2014年10月28日

 普通選挙実現に向かおうとしない香港政府に対して、民主派は香港の中心部を占拠する実力行使に出て、79日にわたり香港政府のある金鐘(アドミラルティ)の幹線道路を占拠した。この占拠が長引き社会・経済活動に大きな支障が出て、これの強行的な排除を求める世論も高まり警察も政府の意向を受け強制排除へと動く。反対派の抗議も徐々に警察に対して過激化する。

 その中で警官が集団で民主派の活動家を拘束し暗闇で暴行を加え、その映像が公開され7名の警官は暴行罪で逮捕、実刑判決を受けた。警察が市民に暴行を加えるというあるまじき行為ながらも、警察内部では不法な抗議活動鎮圧の公務に対して、政府・司法の理解も薄く、市民も警察に対する不信を募らせるばかりの状況に苛立ちが生じ、警官ら警察職員がこの7名の警官に対する処罰に抗議する行動を起こし、警察を支持する建制派政党や市民もこれに加わった。

 雨傘運動を契機に、香港警察は、それまでの市民の抗議活動に寛容な姿勢から、警察の活動を阻害するばかりか敵対するのが民主派という認識を持ってしまっていたのだ。

警察力抜きでは維持できなくなった香港政府

 そして今年のこの逃亡犯条例をきっかけにした争乱がやってくる。林鄭長官と香港政府が強硬な姿勢を崩さないなか抗議活動はエスカレートし、警察は過激な鎮圧に動き、香港政府も警察の行動を統制するどころか評価する姿勢を続けている。政府にとっては警察の援護なしに政府が体制維持できないというのが実情だ。

 警察を上回る〈暴力装置〉は香港にも駐在する人民解放軍となるが、壊滅的な治安混乱や暴動で警察力では制圧できないような無政府状態が懸念されないかぎり、一国二制度のなかで香港の治安のために解放軍介入という選択は取れない。

 抗議活動の過激化のなか「人民解放軍の出動はない」という林鄭長官の非公式な発言が海外メディアを通して漏れているが(本人は発言を否定)、これは市民に対するメッセージであると同時に、傘下の香港警察に対する信用保障という意味合いもあると見るべきだろう。

銃を構えてデモ隊を制圧する警官=2019年10月1日

 抗議活動が過激化し市民生活に深刻な支障をもたらしているにもかかわらず、抗議派の暴力を「行き過ぎ」とする世論は41.4%なのに対して、警察の武力行為が行き過ぎとする世論は

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