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トランプリスクに備える日韓。共同戦線の気配なし

GSOMIAで日韓を歩み寄らせた米国。次は双方に防衛費分担を強く迫る

牧野愛博 朝日新聞記者(朝鮮半島・日米関係担当)

日韓を歩み寄らせた米大統領副補佐官

 11月22日、破棄確実と言われていた日韓の軍事情報包括保護協定(GSOMIA)が失効6時間前で息を吹き返した。「日本の輸出管理規制措置の撤廃がない限り、GSOMIAの延長を検討できない」と突っ張っていた韓国と、「輸出措置は国内問題であり、GSOMIAと全く関係がない」と言い張っていた日本が歩み寄ったからだ。

 この措置のあと、日本の政治家や専門家の一部は「日本の完全勝利だ」と主張しているが、それは現実を正確にみていない。米国が双方に歩み寄りを促していたからだ。この仕事をしたのは、米ホワイトハウスのポッティンジャー大統領副補佐官(国家安全保障担当)だった。

 ポッティンジャー氏はまず、11月18日からワシントンを訪れた韓国大統領府の金鉉宗国家安保室第2次長と面会した。「GSOMIA延長はできない」と突っ張っていた金氏に対し、ポッティンジャー氏は「米国は日韓GSOMIAの延長を強く望む」と突き放した。そして、返す刀で、同氏は日本の首相官邸に電話をかけた。

 電話に出たのは、林肇内閣副長官補。ここで、ポッティンジャー氏は、輸出管理措置の撤廃を強く望む韓国への配慮を要請した。米国は、訪日したスティルウェル国務次官補が11月21日、北村滋国家安全保障局長にもGSOMIA延長に向けた善処を要請していたが、ホワイトハウスの動きが決定打となった。

 それまでも日韓は秋葉剛男外務事務次官と韓国外交省の趙世暎第1次官が下交渉を行っており、輸出管理措置について段階的に話し合うなどのロードマップ案はできあがっていた。そして、この案に待ったをかけていた首相官邸と大統領府が、ホワイトハウスの軍門に降ったことで、事態は11月20日夜ごろから急展開し始めた。

 日韓両政府は猛然と調整を始め、11月22日夕刻の「韓国によるGSOMIA破棄通告の凍結」発表につながったという。あまりに性急な合意だったため、日韓双方の国際法担当者から懸念の声まで出た。

 すなわち、韓国は「GSOMIAを破棄する」という通告を一時的に停止しただけの状態が続いている。GSOMIAは一応、生きているので、これに従って日韓双方は北朝鮮の弾道ミサイル情報などを交換できる。また、GSOMIAは交換した情報の秘密をお互いが守るとも定めている。

 ところが、今後、輸出措置を巡る話し合いの不調などから、韓国が「凍結は無効だ。11月23日午前零時にさかのぼって破棄する」と言い出したらどうなるのか。

 日本政府が同日以降に韓国に提供した極秘情報を、韓国が「あれはGSOMIAが無効になった後でもらった情報だから」と言い出して、公開しても文句が言えない状況になりかねない。

 そんなドタバタの状況でも、日韓は歩み寄らざるをえなかった。ホワイトハウスの巨大な力を見せつけられた瞬間だった。私がよく知る外務省関係者は、米国のことを漫画「ドラえもん」に出てくる「ジャイアン」に例える。

 「日本と韓国はのび太とスネ夫みたいなものですよ。ケンカしていても、ジャイアンがうるさいと一言言えば、すぐに黙る。そんな関係です」

 そして、ここで注目されたのが、トランプ米大統領の動きだった。

GSOMIAの延長通告を受け、質問に答える安倍晋三首相=2019年11月22日、首相官邸
トランプ米大統領と電話協議する韓国の文在寅大統領=2019年12月7日、韓国大統領府提供

トランプは無関心だった

 関係者の間では「トランプ氏が韓国にGSOMIA延長を働きかけたら、1発で韓国は応じるだろう」という見方が支配的だった。だが、トランプ氏は11月22日にGSOMIA騒動がいったん沈静化するまで、まったくこの問題について触れなかった。

 逆に、韓国側はだからこそ、「ハウス・トゥ・ハウス(ホワイトハウスと青瓦台)の関係は大丈夫だ」(金鉉宗氏)と計算していた。「トランプ氏はGSOMIAに関心がないから、破棄しても米韓関係は悪くならない」という読みだった。

 だが、逆にトランプ氏が無関心だったことが幸いし、ポッティンジャー氏が自由に動くことができた。米韓関係筋は「トランプ氏はGSOMIAに関心がないから、ポッティンジャー氏の動きにも興味がなかった」と語る。

ホワイトハウスで首脳会談を終えた韓国の文在寅大統領(右)とトランプ米大統領=2019年4月11日、ワシントン

 ポッティンジャー氏は頭の回転が速く、どうすればトランプ氏が怒らないかも熟知している人物とされる。ホワイトハウスが動き始めるタイミングは遅かったし、そのために日韓GSOMIAは失効寸前まで行ったが、最後は関係が良好な国務省や国防総省の願いを聞き入れたポッティンジャー氏の努力が実った。

 他方、「日韓GSOMIAが破棄されても構わない」「破棄されても被る損害はごくわずかだ」と強弁していた安倍政権も、ホワイトハウスの前では言いなりになるしかなかった。「ホワイトハウスとの関係を壊してまでGSOMIA失効を傍観することはできない」という政治判断だったのだろうが、「米国の言いなり」という印象も残った。

トランプ米大統領(右)との首脳会談に臨み、握手を交わす安倍晋三首相=2019年8月25日、フランス・ビアリッツ

 政府・自民党はGSOMIA失効回避を受け、「パーフェクトゲームだ」と息巻いているが、舞台裏を見れば、何のことはない。自分の意見を最後まで貫き通したわけではないし、国際法的には不安を残しての見切り発車だったのだから、それだけ見ても「完勝」というのはおこがましいだろう。

トランプが執念を見せる防衛費分担交渉

 さて、問題はこれからだ。トランプ氏が異常なまでの執念を見せる防衛費分担交渉が日本と韓国の前に立ちふさがっているからだ。

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