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ドイツ政治混迷の真因

花田吉隆 元防衛大学校教授

ドイツ社会民主党の新党首への就任が決まり、喜びを表すワルターボーヤンス氏(左)とエスケン氏=2019年12月6日、ベルリン、野島淳撮影

 11月30日に行われた社会民主党(SPD)の党員大会で、ノーベルト・ヴァルターボーヤンス元ノルトライン・ヴェストファーレン州財務相とザスキア・エスケン連邦下院議員が新党首に選ばれ(得票率53.1%)、12月6日からの党大会で正式に了承された。誰もが、オラフ・ショルツ財務相のペア(同45.3%)が選ばれるものと思っており、まさかの番狂わせにドイツ政界が激震に揺れた。新党首となる二人はほとんど無名の存在で、わずかにヴァルターボーヤンス氏が州財務相当時、課税忌避対策で活躍したことが知られる程度だ。100年を超える老舗政党は、存亡の危機にあたり党の再生をこの両名に託した。これは二つの点で重要だ。

連立政権の行方は?

 第一は連立政権の行方だ。両名は連立離脱を表明している。

 現在のメルケル政権は、キリスト教民主社会同盟(CDU/CSU)とSPDの大連立政権である。かねてより、SPD内では連立維持派と離脱派が対立、2005年メルケル政権発足以来4期のうち3期にわたり大連立が続いてきたものの、党内には常に反対意見がくすぶり続けていた。ショルツ氏は維持派で、これまでの路線の延長線上に位置する。この路線が今回明確に否定された。

 仮に、SPDが連立を離脱すれば、CDU/CSUにとり選択肢は二つしかない。少数与党として弱体のまま政権維持にあたるか、2021年予定の総選挙を前倒しするかだ。少数与党になれば、法案審議の都度、他党の支持を求め折衝を繰り返さなければならず、政権の安定度は大きく損なわれる。

 では選挙を取るかだが、現在、世論調査でCDU/CSUは支持率25%程度と第一党は維持するものの、趨勢として低落傾向は否定しがたい。仮に、緑の党が今の勢いで第一党にでもなれば、CDU/CSUは首相の座を明け渡さなければならなくなる。その可能性はないわけではない。仮に、CDU/CSUが第一党を維持したとして、同党は、緑の党、自民党(FDP)との連立を模索することになろうが、これは一度2017年選挙後に試み失敗した組み合わせだ。今度、試みたからといってまとまる保証はどこにもない。つまり大連立が崩壊すれば、CDU/CSUの権力基盤は直ちに不安定化せざるをえない。

 ただし、ヴァルターボーヤンス氏らは、すぐ離脱に走るわけではないとし、まずは、最低賃金引き上げやより一層の気候変動対策等に向け、連立協定の再交渉を始めたいという。これに対し、CDU/CSUは連立協定の再交渉などありえないと突っぱねる構えだ。

 離脱派がいまひとつ煮え切らないのは、選挙になれば、SPDも今の議席を大きく下回ることが必至だからだ。既に同党の支持率は、前回2017年の総選挙時(得票率20.5%)から7ポイントも落ちている。離脱、離脱と騒いでも、今、選挙になられてはSPDも困るわけだ。

欧州を巡り米中が火花

 離脱派がSPDの主導権を握ったことで、メルケル政権の先行きは一気に不透明になってきた。仮に、なんとか2021年の任期満了まで持ったとしても、今後レームダック化が進行し大きな決断を下せなくなる可能性が十分ある。英国がEUから離脱し、フランスも国内がいま一つ安定しない中、ドイツまでもが安定を失いつつあるというのが今の欧州の姿だ。米国との大西洋同盟の足元が揺らぎ、それを見透かしたかのようにロシア、中国が攻勢をかける。中国はふらつく欧州を一帯一路でからめ捕ろうと狙っているかのようであり、既に進出の勢いはイタリア、ギリシャ、バルカンに達している。これを更に欧州中心部に浸透させようというのだ。5Gのファーウェイ排除等、米国は中国の影響力排除に躍起だが欧州の対応はいま一つはっきりしない。欧州を巡り、米中が火花を散らしているのが今の世界政治だ。今回のドイツの出来事は、そういう世界政治の動きの中で理解されるべきである。

過去を向いて生きているSPD

 視点を戻し、ドイツ政治を考えてみたい。第二のポイントは、SPDの党としての在り方である。

 SPDの凋落ぶりは目を覆うほどだ。かつて40%を超える支持率を誇り、ブラント、シュミットといった練達の政治家を輩出した。いかに人材が底をついたとはいえ、連邦政治の経験もなく、州首相を経たわけでもない無名の政治家をトップに据え、存亡の危機を乗り切るしかないというのだから、その落ち目ぶりが分かろうというものだ。既に左翼陣営の代表ポストは緑の党に奪われた。現在、緑の党は23%程度の支持率があり、SPDははるか後ろから追いかけている始末だ。仮に「緑の党、SPD、左派党」の左翼連立が成立してもSPDは緑の党のジュニアパートナーでしかない。

 確かに緑の党とSPDを比べると、有権者に対するアピールという点で、両者は天と地ほどの開きがある。今の時代の流れを決するのは二つの要素、すなわち、「環境」と「デジタル」だ。この二つの分野にいかに切り込み優位に立つかが、国家の存立にとり今や不可欠といって過言でない。政党は、そういう時代の空気を読み、果敢に課題を設定し挑戦していかなければならない。しかし、

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