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ロシアのスパイのやり口

FSBに拘束された経験者が語る「真実」

塩原俊彦 高知大学准教授

 警視庁公安部は2020年1月25日、ソフトバンクの営業秘密を不正に取得し、ロシア通商代表部の職員に渡した疑いで、同社の元社員を逮捕した。どうやらロシアによるスパイ活動への取締りの一環らしい。そこで、ロシアのスパイになりかけた筆者の経験談を語ることで、何が問題なのかを明らかにしてみたい。

『プーチン露大統領とその仲間たち:私が「KGB」に拉致された背景』

プーチン大統領 Asatur Yesayants / Shutterstock.com

 筆者は2016年2月20日に、ソ連時代、国家保安委員会(KGB)と呼ばれた組織の後継機関、連邦保安局(FSB)によって拉致された。そして、「協力に合意します」という日本語で書かれた文書への署名を強要された経験がある。その事件を詳述したのが拙著『プーチン露大統領とその仲間たち:私が「KGB」に拉致された背景』(社会評論社)である。

 少し詳しく状況を説明してみよう。軍事問題などの研究のため定期的に訪問していたモスクワで、現地時間の午前10時45分ころ、連邦移民局を名乗る私服警官3、4人に拉致された。モスクワの目抜き通り、トヴェリスカヤ通りから一本路地に入った場所である。14日から滞在していたアパートの出入り口を出て、通訳をしてくれているロシア人と会った直後のことだ。

 私服警官たちは「モスクワの連邦移民局の者だ」と言いながら、身分証明書を示し、「パスポートを見せろ」と命令した。それを見て、筆者を確認すると、「移民法の関係で質問があるから連行する」とたたみかけた。もちろん、何のことやらまったくわからない。通訳と引き離されるのが怖かったから、抵抗した。ところが、「通訳は用意している」と話し、二人の私服警官に両脇を抱えられて無理やりワゴン車に押し込まれてしまう。

 ワゴン車のなかで、携帯電話は出せというから、素直に渡した。ワゴン車には、運転手、その右に警官1名。向い合わせの席に2人の私服警官、彼らの前に筆者ともっとも地位が高いとみられる警官が座った。土曜日であったせいもあって、ワゴン車は順調に南東に向かい、20分ほどで停車した。どうやらどこかの治安機関の建物のようだった。間口は狭いが、決して脇道ではなく、2車線の通りに面した場所だ。

 2階に上がると、まず小部屋があり、そこでオーバーコートを脱ぐように言われ、左手の部屋に通された。二重扉を開けると、そこは6畳ほどの部屋で、中央に1人の男、その向かって左手にもう1人の男がおり、手前に女性がいた。それに、中央の男の前に、もう1人若い男性がいた。どうやら彼が書記で、ここでの話を記録するらしい。

ビザをめぐる疑惑

 緊迫した雰囲気のなかで、尋問がつづいた。モスクワでビジネスビザの発行を求める申請書に事実と異なる記述があることが問題になったのだ。ロシアに出向くとき、観光ビザかビジネスビザを

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