メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

アカデミー賞4冠、ポン・ジュノ監督のファミリーヒストリーと表現の自由

伊東順子 フリーライター・翻訳業

「躊躇せず率直な意見をくれる韓国の映画ファンに感謝」

 2月10日はとてもいい日だった。次々に入る速報。「脚本賞」、「国際長編映画賞」、さらに「監督賞」、そして「作品賞」も! 「アジア映画で初」とか「外国語映画で初」とか、いろいろな快挙でアカデミー賞4冠!! ポン・ジュノ監督と映画『パラサイト 半地下の家族』、本当に素晴らしい。

 韓国での反応はどうだろう? このところずっと新型ウイルスがトップだったニュースに、久しぶりの明るい話題だ。大統領のお祝いメッセージや映画に登場したお店などもメディアに登場している。でもだからと言って「国中がお祭り騒ぎ」というわけでもない。特に若者は一昔前のように、誰かの成果を「韓国人として誇らしい」とはしゃぐことはないようだ。

 それは日本も同じかもしれない。「日本すごい」とか、「日本ひどい」とか、国単位の話はやはり年長者に多い気がする。可笑しいのは「受賞」を喜んでいる中高年に限って「実は、まだ見てないんです……」とか。受賞記念の再公開で見るそうだが。

『パラサイト 半地下の家族』でアカデミー賞作品賞を受賞したポン・ジュノ監督(右)、一番左は主演のソン・ガンホ=AP 『パラサイト 半地下の家族』でアカデミー賞4賞を受賞したポン・ジュノ監督(右)、一番左は主演のソン・ガンホ=AP

 もちろん、若者たちも受賞に感動はしているが、ディテールには厳しい。「受賞は快挙だと思うけど、あの映画が最高とは思わない。たとえば……」とか。彼らは映画について、なかなか頑固であり、ポン・ジュノ監督自身が授賞式でそのことにふれていた。

 「何よりも韓国の観客たち、映画ファンに感謝したい。彼らは躊躇せず率直な意見をくれる」

 とにかく韓国に住んでみればわかるが、韓国人は無類の映画好きだ。10―50代ぐらいまでの韓国人にとって、映画は完全に日常生活の一部。友人、恋人、夫婦で映画館に足を運ぶのは習慣であり、家でもケーブル配信で映画を見る。だから目が肥えているし、言うことははっきり言う。なかでも今の40代は「韓国映画」に対する思い入れが強いようだ。彼らが子どもの頃、韓国で「表現の自由」が実現し、青春期に韓国映画が大躍進する場面を目撃した。「韓国映画はファンとともに成長した」というのは、韓国映画に詳しい人なら誰もが実感することだ。

民主化と韓国映画の386世代

 韓国における民主化と表現の自由の実現、それが韓国映画に与えた影響は大きい。『シュリ』(1999)のカン・ジェギュ、『JSA』(2000)のパク・チャヌク、そして『殺人の追憶』(2003)のポン・ジュノ。彼らはいずれも386世代(1990年代に30代、80年代に大学入学、60年代生まれ)の監督たちだ。この世代はあらゆる分野で韓国社会をダイナミックに変革したが、韓国映画もまた例外ではなかった。

 彼らは貪欲でとても謙虚だった。

 2000年代の初頭までは、日本には今のような韓流専門のライターさんもおらず、私は代わりにインタビューしたり記事も書いたが、とにかくみんな勉強熱心だった。特に監督も俳優さんも、当時はまだ「禁止」だった日本映画の話になると、身を乗り出した。その一方で驚いたのは、彼らの多くが「香港映画の影響をうけた」と言っていたことだ。なるほど、民主化以前はそれがもっとも身近な映画だったのだろう。そのあたりのこともいつか書きたいと思うが、今回はポン・ジュノ監督のことを少しだけ書いておきたい。ずっと授賞式の映像を見ていたせいか、一日中頭から離れない。

 実は、彼がまだ延世大学の学生だった頃、私もそこで仕事をしていた。

・・・ログインして読む
(残り:約2027文字/本文:約3495文字)