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安倍首相が語った「コロナのピークを遅らせる」と「五輪開催」の政策矛盾

検査数はなぜ抑制されているのか。そこを深掘りすると安倍内閣の末期症状が見えてくる

佐藤章 ジャーナリスト 元朝日新聞記者 五月書房新社編集委員会委員長

 安倍政権は完全な末期症状を起こしている。3月14日午後6時過ぎ、首相官邸で開いた記者会見の席上、安倍首相は、自ら気がつかないうちにその末期症状を国民の前にさらけ出してしまった。

 しかし、会見に参加した記者たちもほとんど気がついていなかったのだろう。安倍首相の発言の矛盾、あるいは政権が追求する二大政策の大きい矛盾を指摘する質問はひとつも出なかった。

 私はNHKとニコ動で会見を見終わった後、すぐにこの矛盾を指摘するツイートを発した。

安倍が最もヌケているところ。「コロナのピークを出来るだけ後ろにずらすことが重要」と言いながら「五輪開催を」と発言している。ピークを数ヶ月遅らせたらモロに7月だろう。コロナは簡単にはなくならない。コロナピークの国に世界から人が来るか? 安倍はなぜ気づかない?

 このツイートに反応する「イイネ」数はみるみる膨れ上がり、1日経って1万3000を超え、リツイート数も5000を超えた。

改正新型インフルエンザ等対策特別措置法を受けた記者会見を終えて会場を出る安倍晋三首相=2020年3月14日、首相官邸

 コメントの大半はその矛盾に素直に呆れかえるもので、「なぜ気づかない?」という疑問には安倍首相の理解能力の限界を指摘するコメントが多かった。

 コロナウイルス禍が発生した地域ではあるが、徹底した検査と封じ込め政策が功を奏して中国はほとんど収束した。同じように積極的な検査と封じ込め政策を採る韓国も早めに感染ピークを迎え、日本より格段に早く収束するだろう。

 この積極封じ込め政策とは対照的に、日本では「検査難民」という言葉が生まれたように、検査そのものに消極的で、国民に対して自粛を呼びかけるだけの政策に終始している。ワイドショーなどでも、安倍首相の発言同様「感染ピークを出来るだけ後ろの方にずらすことが大事」としきりに解説している。

 中国での収束の時間を見るとほとんど3か月。すると、日本でも、同じように徹底検査、徹底封じ込め政策を採れば4月か5月には収束のメドが立つのではないかと推測される。しかし、現在安倍政権が採用している「ピークずらし」政策では、さらに数ヶ月遅れて、オリンピック開催予定の7月にピークが来る可能性が高い。

 コロナウイルス対策とオリンピック開催という二大課題を目指す完全な政策矛盾である。

政策の矛盾に気づかない安倍官邸

 私は、記者会見で自ら発言しながら、その矛盾に気がつかなかった安倍首相に問題があることには同意するが、実は安倍政権が現在抱える問題はもっと深刻だと考える。

 安倍首相が矛盾した発言をしただけではない。つまり、政策自体が矛盾していることに安倍首相以下、官邸の住人たちは誰も気がついていないのだ。冷静になれば誰もが気づく政策矛盾を認識できないため、整合性を取るための調整にさえ動いていない。

 原稿の冒頭に「末期症状」と記したが、このまま安倍政権の矛盾政策が進めば、戦前の陸軍、海軍の矛盾だらけの政策が国民的破局を招いたように、大きい混乱と破綻が国民の前に現出する恐れがある。

 私は、安倍首相の矛盾発言を突くツイートをした後、その2日前に取材で訪ねた上昌広・医療ガバナンス研究所理事長に連絡を取った。

 なぜ大きい政策矛盾にも気がつかないような「末期症状」が現れたのか。取材を土台に私が立てた仮説について、上理事長の意見を聞いてみたかったのだ。

 私の仮説に上理事長も完全に同意してくれた。その仮説とはどういうものだろうか。それを紹介する前に、仮説の土台となった上理事長の解説を見てみよう。

 3月14日の記者会見では、安倍首相はこんなことを言っていた。

 現時点において感染者の数はなお、増加傾向にあります。しかし、急激なペースで感染者が増加している諸外国と比べてわが国では増加のスピードを抑えられている。
 人口1万人当たりの感染者数を比べるとわが国は、0.06人にとどまっており、韓国、中国のほかイタリアをはじめ、欧州では13カ国、イランなど中東3カ国よりも少ないレベルに抑えることができています。

 さらに厚生労働省の発表によると、日本と韓国の感染者数は次の通りだ。3月14日正午の時点で、韓国が8086人なのに対して、日本はクルーズ船ダイヤモンド・プリンセス号を含めて1396人。あたかも、日本は韓国をはじめとする世界各国と比べてコロナウイルス封じ込めに格段の成功を収めているかのごとくだ。

 しかし、世界の専門家は決してそのようには見ていない。

対照的な日韓コロナ対策

 3月14日の朝日新聞デジタルに、「パンデミック」状況に精しい米国ジョンズ・ホプキンス大学のジェニファー・ナゾ上席研究員の話が紹介された。同氏は、日本のPCR検査人数について「韓国は、現時点で約20万以上。(日本の)数字は低い」と指摘した。厚労省によれば日本は14日時点で1万2090人。韓国の20分の1程度しか検査していない。

 ナゾ氏は「適切な検査ができなければ、対処能力が著しく制限される」とも指摘している。つまり、日本の感染者数が小さく見えるのはただ単に検査を抑えているだけで、実際には、顕在化していない感染者がまだまだ町中を歩き回っているということだ。

米ジョンズ・ホプキンス大のジェニファー・ナゾ上席研究員(ジョンズ・ホプキンス大提供)

 韓国の文在寅政権が採っている積極的な検査体制は日本のテレビなどでもよく紹介されている。医師の勧めで検査すれば保険適用となり、自ら検査を希望すれば自費でPCR検査を受けることができる。ドライブ・スルーの検査方式さえある。

 コリア・レポート編集長の辺真一氏によれば、自宅隔離者も多く、この自宅隔離者に対しては公務員一人が対応することになっているという。

 韓国と日本のこの体制の違いはどこから来ているのだろうか。

 韓国の場合は積極的に検査をして、感染者が見つかれば軽症や無症状でも自宅隔離などをして、さらに追跡調査をしてコロナウイルスを徹底的に滅ぼしていくという方法を採っている。重症化から死亡という結末を迎えやすい高齢者を守るには、無症状の段階から検査、隔離が必要だという考えだ。

 簡単に言えば、政権と社会が一体となってウイルスとの全面戦争を戦っている体制だ。医療の基本に忠実な体制とも言える。

 一方、日本の場合は、安倍首相が記者会見で述べたように「コロナのピークを出来るだけ後ろにずらすことが重要」という、素人が考えてもすぐには首肯しづらい体制だ。

 そもそもウイルスの活動のピークを「後ろにずらす」などということが人間の力で可能なのだろうか。そんなことが極めて難しいことは素人でも容易に想像できる。

 しかし、ピーク自体を後ろにずらすことは難しくても、検査数を極力抑えて、ピークが後ろの方に来たと見せかけることはできるかもしれない。これが、安倍政権が採用しているコロナウイルス対策の考え方だろう。

 なぜ、検査数を極力抑える必要があるのだろうか。

検査数が増えない理由

 2月27日のテレビ朝日「モーニングショー」に出演した国立感染症研究所ウイルス部の元研究員、岡田晴恵・白鴎大学教授が驚くべき発言をした。

 国立感染症研究所のOBがデータを独占したがっていることが背景にある。
 このデータはすごく貴重で、地方衛生研究所からあがってきたデータは、全部、国立感染症研究所が掌握しており、このデータは自分で持っていたいと言っている感染研OBがいる。

 岡田教授は「数万人の命がかかっているので、そういうことはやめてほしい」と切に訴えていた。純粋な職業倫理から発された正義の告発だろう。

 しかし、岡田教授の告発について、私がじっくり解説を聞いた上昌広・医療ガバナンス研究所理事長は少し違った角度からの見方を紹介した。

――まずお聞きしたいのは、PCR検査について保険が適用されるようになったのですが、実際の検査の状況はどうでしょうか。変化はありましたか。

 従来とまったく変わっていません。サンプル数も1日100件くらいで、全然増えていません。6000件できると言っていたけど、全然できていない。クリニックから直接検査を頼めないので変わらないんです。

参院予算委公聴会に公述人として出席し、意見を述べるNPO法人「医療ガバナンス研究所」の上昌広理事長=2020年3月10日

 従来、発熱がありコロナ感染の疑いのある患者は、受診したクリニック(開業医)から保健所に紹介され、保健所はさらに各都道府県の帰国者・接触者相談センターに問い合わせ、その判断で感染研や全国の地方衛生研究所でのPCR検査となった。

 これまでは開業医がいくらコロナ感染を疑っても保健所の判断で検査を受けられないケースが数多く報道されていた。

 3月6日に保険が適用されたために、今後は保健所を通さずにクリニックから直接民間検査会社にPCR検査を依頼することができるのではないか、と期待されていた。しかし、6日以降も、実態はそれ以前と変わらなかった。民間検査会社に直接依頼できたのは、数少ない大病院だけだった。

――この状況について、岡田晴恵・白鴎大教授は「感染研OBがコロナウイルスのデータを独占したい、と言っていることが背景にある」とテレビで告発しましたが、どう見ますか。

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