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コロナ対策 従順なはずの日本がなぜ「総力戦」を闘えないか

〝動員〟を困難にしている民主主義の欠如

木下ちがや 政治学者

 中国の武漢を中心に発生したコロナウイルスは、いまや世界を覆いつくしている。リーマンショックを超える景気減速を伴うこの複合的危機に対して、世界各国は独自の対策を強化している。

 隔離、移動制限を基本とする感染抑止については、これまで中国が、都市封鎖等の市民的自由を大幅に制限する対策を講じてきた。こうした政策は中国のような権威主義的な国家だけの対策と思われていた。ところが、自由・民主主義体制をとる欧米諸国でも、次々と市民的自由を制限する強力な社会統制策が実行に移され、もはや日本だけが「自粛」という緩やかな対策にとどまっている。この違いなぜ生じたのだろうか。

緊急事態宣言の発令準備へ

 わが国では2月初頭に、横浜大黒埠頭に係留された英国船籍「ダイヤモンド・プリンセス号」における大量感染者の発生以後、政府主導の対策がなされてきた。2月29日には安倍総理が記者会見で「この一、二週間が瀬戸際」と宣言、さらには一斉休校を要請し、多くの学校が臨時休校に入った。

 しかしながらその後も感染者は増大しつづけ、安倍総理は3月14日の記者会見で「感染のピークを遅らせる」と発言した。つまり当初のコロナウイルスの封じ込めは失敗に終わり、今後予想される感染爆発を抑制するための対策に切り替えたということだ。

 そして政府は、3月26日に対策本部を設置した。これは3月13日に成立した「新型インフルエンザ等対策特別措置法改正法」(以下、改正特措法)に規定された緊急事態宣言の発令の準備に入ったということである。

安倍首相から、新型コロナに対応するための「政府対策本部」設置を指示された後、取材に応じる加藤勝信厚労相(右)と西村康稔経済再生相=2020年3月26日、首相官邸

 この改正特措法は、民主党政権下の2012年に制定された「新型インフルエンザ等対策措置法」が、コロナウイルスには適用できないという政府側の主張に基づいてなされた。野党や専門家からは、法律にはインフルエンザ「等」が付いているから適用は可能であり、改正の必要ないという主張がなされたが、報道によれば民主党政権下で制定された法律は使いたくないと安倍総理の側近がこだわったため、わざわざ改正がなされたともいわれている。

 それはともかく、この改正にあたっては、弁護士、市民、また野党の一部から反対の声があがった。この改正特措法に基づいて発令される緊急事態宣言には、感染抑止を目的とした移動の制限や医療資源を確保するための措置の指示の権限を都道府県知事に与えることが含まれており、これが市民的自由の制約につながるからである。

 立憲民主党をはじめとする野党統一会派は、国会のチェック機能を強化するために緊急事態宣言発令の際の国会への事前報告を盛り込む修正を提案したものの、与党側と折り合わず、付帯決議に盛り込むことで合意した。改正法の採決は、政党としては日本共産党とれいわ新選組が反対し、野党統一会派の一部の議員が反対あるいは棄権した。

 このように、改正特措法の反対、慎重の意見があがったのは、世論の反映でもある。2月14日~16日にかけて行われた共同通信の世論調査では、緊急事態宣言の発令を「慎重にすべきだ」が73.5%にのぼっている。

 安倍政権は、憲法改正のテーマとして大規模災害や武力攻撃事態の際に人権を大幅に制限することを可能にする緊急事態条項の設置を掲げてきた。また特定秘密保護法や共謀罪といった社会統制立法の制定を野党と世論の反発をよそに強行してきた。だからコロナウイルスの危機のさなかといえども、安倍政権に強い権限を与えることに野党や世論が慎重に構えるのは当然とも言える。これに加えて、中国政府の武漢の都市封鎖にみられるような強権的な統制への懸念もまた、改正特措法への慎重な世論を支えたと思われる。

欧米諸国で強力な社会統制策が可能なわけ

 ところが3月に入り、欧米諸国の感染爆発が深刻化していくなかで、改正特措法に反対していた論拠のひとつが崩れていくことになる。欧米諸国は、改正インフル特措法に基づく緊急事態宣言よりもはるかに強力な社会統制策を次々と

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