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新型コロナの在宅勤務でおすすめしたい本とRPG

コロナ禍が抱える問題を考えるよすがになる古今東西の名著を紹介すると

曽我豪 朝日新聞編集委員(政治担当)

Olga Gubskaya/shutterstock.com

 人を恨んでも仕方なし。新型コロナウイルスの感染拡大で在宅勤務がここまで長引けば、開き直って新たな生活のあり方を追求するほかない。かく書く筆者も取材は電話に限られ、原稿も家で執筆する日々である。講演も講義も会議もすべからく中止か延期になった。

 もっとも気が付けば、コラムのネタ探しや事実確認のための読書も随分と変わった。以前は、例えばコラムで書くために首相在籍日数が歴代最長の桂太郎のことを調べようと思うと、正直、概説書を一、二冊読んで終わりにしていた。それが今や20世紀初頭のスペイン風邪のことを調べ始めると終わりがないし、終わらずとも良い。

 本棚にまさに「積ん読」よろしく放置していた書物を、一斉に整理するのに良い機会である。実は、2月末の朝日新聞の朝刊コラム「日曜に想う」で引用した「史上最悪のインフルエンザ 忘れられたパンデミック」(A・W・クロスビー著 西村秀一訳 みすず書房)もそうした一冊であり、かなり昔にアマゾンで格安で買い求めたまま放っておいたものだった。

 そんなわけで武士は相身互いではないが、昨今読んで、在宅勤務のお供におすすめしたいと思う作品を紹介する。

ルポルタージュとして読める古の名随筆

「方丈記」(鴨長明著 現代語訳と注 安良岡康作 講談社学術文庫)

『方丈記』(鴨長明著 現代語訳と注 安良岡康作 講談社学術文庫)
 言わずと知れた鎌倉時代の名随筆だが、古典の授業で覚えさせられた時とはまるで違って、ルポルタージュとして読んでしまえる自分に驚かされる。

 有名な出だし、「行く河の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず」にしても、古(いにしえ)の無常観などでなく、実感に似たものを感じてしまう。とりわけ、疫病に襲われた都の有り様を記したくだりは、現実感をもって今の胸に迫る。

 平安時代の末から鎌倉時代にかけては、安元の大火、治承の辻風(竜巻)、養和の飢饉、元暦の地震と災厄が続いた時代だった。なかでも養和2(1182)年は、「もとのように回復するだろうかと思っているうちに、そのうえに、流行病が加わって、いっそうひどくなる一方で、昔の平穏な状況の痕跡もない」と記される。「わずかしかない水に苦しむ魚」のたとえが何とリアルに響くことか。

 しかも、全国の死者数が、いわば都の実態調査を元に想像されるのだ。仁和寺の僧が死人が目に入るたび額に阿字を書いていたといい、「四、五月の二ヶ月」分を計算したところ、京都の「左京の範囲内」だけで「四万二千三百あまりもあった」と記す。そして、期間を限らず全国を加えたら、「どれほどになろうか」と嘆く。

 被害規模や時代状況など違いは当然あるとはいえ、今日の我々が直面するのもまた、最終地点が見通せぬ新型コロナウイルスの目に見えぬ脅威である。

コレラ感染の危機を救った3人の男

◇「感染地図 歴史を変えた未知の病原体」(スティーヴン・ジョンソン著 矢野真千子訳 河出文庫)

『感染地図 歴史を変えた未知の病原体』(スティーヴン・ジョンソン著 矢野真千子訳 河出文庫)
 カミュの「ペスト」や小松左京の「復活の日」など、今日の事態により再脚光を浴びた本は多いが、これは米国の著名なコラムニストによるノンフィクションであるうえに、ミステリー仕立ての構成が巧みで、極上の読み物になっている。

 いまだコレラ菌が発見されていなかった19世期中葉のロンドンの貧民街で、コレラ感染が爆発的に広がる。その危機を救ったのは、医師と牧師、戸籍係の3人の男だった。

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