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台湾のコロナ対策へのまなざしから読み解く日本の課題

民主主義は、過ちを犯さない英雄に政治を任せる体制ではない

許仁碩 北海道大学法学研究科助教(法社会学)、コラムニスト

 新型コロナウィルス感染症が世界で猛威を振るうなか、コロナ対策に成功している台湾への注目度が世界的に高まっている。台湾の対策は日本のメディアでも詳しく報じられている。中国と緊張関係にあり、WHOから排除されている台湾は、なぜコロナウィルスを抑え込むことができているのだろうか。

 台湾人である筆者は、コロナ禍の最中に台湾の対策を精力的に取材している日本メディアを見て感心していた。だがこの台湾のコロナ対策ブームのなかで違和感を持ったところもある。日本の台湾への「まなざし」はマスコミ、あるいは視聴者が抱くバイアスだけでなく、これからの日本のコロナ対策の課題も示唆していると思われる。

蔡英文総統=2020年4月16日、台北

政治家の英雄化より市民の力

 この数カ月間、蔡英文(ツァイ・インウェン)総統をはじめ、衛生福利部部長(日本の厚生労働大臣に相当)陳時中(チェン・シーヂョン)、デジタル担当政務委員(日本のIT担当大臣に相当)唐鳳(オードリー・タン)など閣僚たちの名前がしばしば日本のメディアを賑わせている。

 とりわけ日本のマスコミで「IQ180天才IT大臣」と言われる唐鳳は、日本人にとって異色的な存在として脚光を浴びた。日本の竹本IT担当大臣と比べれば、コロナ禍に苦しんでいる日本人にとって唐鳳は喉から手が出るほど羨ましい英雄だろう。

 唐鳳は閣僚として確かに有能である。だがその理由は、本人も繰り返して「無意味だ」と明言している「IQ180」にあるのでも、優れたプログラミング能力にあるのでもない。唐鳳はデジタル技術を活用し、市民社会と政府の共同での政策の立案、決定、執行を推進していることで知られている。従来の市民社会と政府の関係について、世論調査、メディアあるいは聴聞会など政府が下から民意を「汲み上げ」、「取り入れる」ことを推進しているのだ。

 これまで、政府が情報と公権力を行使してイニシアティブを発揮してきたのに対して、市民社会は受動的な存在に位置付けられることが多かった。唐鳳の取り組みにより、政策はより民意に敏感になっただけでなく、質も効率も格段に向上したのである。

 日本でも広く報じられた「マスク在庫管理アプリ」は、実は元々は民間で開発されたものだった。民間エンジニアである吳展瑋(ウ・ジャンウエイ)はグーグルマップを応用し、ユーザーが地元のマスク在庫情報を登録し、マップ情報として共有するという仕組みである。グーグルの有料サービスを使ったため、吳展瑋は自前で費用を払うつもりだった。ところが、たった二日間に請求金額は約500万円にのぼってしまい、維持できなくなったのだ(その費用は後ほどグーグル社に免除された)。

 このような事情を知った唐鳳は、政府データを公開し、民間エンジニアと力を合わせて新たなアプリを共同開発しようと発案した。最初の民間アプリが公開されたのは2月2日朝10時、そして政府データを使うアプリが公開されたのは2月6日朝10時、かかった時間はたった四日である。このプロジェクトに関わったIT官僚は、「政府だけでは絶対にできない」とコメントしている。

唐鳳の強みは「天才」ではなく、台湾市民社会そのものにある

 この速度はにわかに達成できたわけではなく、これまで地道に蓄積してきた成果である。唐鳳が吳展瑋と連絡をとることができたのは、

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