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中国が制定した国家安全法で香港が空洞化する!

自由で民主的な国際都市としての独自の魅力が失われて

田中秀征 元経企庁長官 福山大学客員教授

 中国のテレビではアメリカでの激しいデモの様子がしきりに伝えられているらしい。政府がメディアをコントロールする中国である。政府とすれば、「わが国にはそんなデモはない」と言いたいのか、それとも「わが国の警察や軍は国民を弾圧しない」と言いたいのか。

 だが、中国のほとんどの国民の受け止めは、そうではないだろう。アメリカでは、民衆の声や力は選挙に反映され、トップの大統領を交代させることもできる。また、アメリカでは、大統領がいかに反発してもメディアが世界に向かって、いま起きている事実をありのままに発信することができる。中国の人たちは、それをうらやましく思っているのではないか。

 そもそも、アメリカのデモの発端となった黒人への人種差別という根深い問題に目を向ければ、中国のチベット、ウイグル、モンゴルなどの民族問題が否応なく想起される。ウイグル問題で、北京や上海がニューヨークやワシントンのように燃え上がることを願う人も少なくはないだろう。

いまだに検証・総括されていない天安門事件

ろうそくを掲げ、天安門事件の犠牲者を追悼する香港の民主派団体のメンバー=2020年6月4日、香港、朱延雄撮影
 中国のデモといえば、1989年6月4日の天安門事件を忘れるわけにはいかない。

 あのとき、天安門事件は世界に向けて“実況中継”されていた。世界では多くの人が、学生や市民の自由や民主化を求める願いがかなうことを願って、事態の推移を手に汗を握って見守った。テレビでは今年もそのときの様子が放映されたが、戦車の前にひとり立ちはだかった学生の姿を当時、実況で見たときは、思わず身震いをしたものだ。

 あれから31年がたった。大国への道をひた走る中国は、経済力や軍事力によって他国に大きな影響を与えるようになった。

 とはいえ、国を存立させる根本的な理念や姿勢において広く深い信頼を得ることができなければ、世界のなかで指導的な国家には絶対になり得ない。まずは天安門事件を正しく検証し、総括をしない限り、国際社会から全面的に受け入れられることは難しいであろう。

楽観できない香港の行方

 天安門事件で犠牲になった人たちの追悼集会が、翌90年から香港のビクトリア公園で続けられてきた。今年は新型コロナウイルス感染拡大のあおりで当局が開催を禁止したものの、それでも万という人たちがローソクを手に集まってきたという。

 しかし、集会に集まった学生や市民の気持ちは、今までとはまったく違うだろう。天安門事件よりもはるかに悲惨な事態が、これから香港で起きるのではないか。そう考えざるを得ない状況が生まれているからだ。

 私は香港の行方について楽観視はしていない。少なからぬ香港人が英国や台湾、カナダなどさまざまな国に移住をして、何十年間も祖国の民主化を待つことになるかもしれないと懸念している。だから香港の空洞化が一気に進む可能性があるのだ。

 香港では、今年の9月に国会にあたる立法会の選挙を控えている。きっと立候補段階で民主派は徹底して排除されるであろう。当局と学生たちが衝突して、悲惨な事態が起きるかもしれない。

 選挙の結果、立法会が親中派で固められれば、香港国家安全法が立法会でも承認を得るという大きな「譲歩」もするだろう。それによって、民主的手続きを“偽装”して反対派を弾圧するに違いない。

天安門事件の犠牲者を追悼するために集まった香港の市民ら=2020年6月4日、香港、益満雄一郎撮影

香港国家安全法は「一国二制度」への死刑宣告

 5月28日、中国の全国人民代表大会(全人代)は、香港での反体制的な言動を取り締まる香港国家安全法を導入する方針を圧倒的な多数よって決定した。なんと、賛成2878票、反対1票、棄権6票、無効1票だという。この時代に他国では考えられない一方的な結果にはしらけるばかりだ。

 この決定によって、香港における「一国二制度」に死刑が宣告されあと受け取る向きは強いだろう。

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