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コロナ感染拡大半年の日本の意外な実態と毀損された真の「平等」

人々を「生かす」ことのみを目的とした社会は持続可能性に乏しい。今後やるべきは?

三浦瑠麗 国際政治学者・山猫総合研究所代表

 この半年を振り返って思うことは、経済や社会の基盤がいかにたやすく崩れるかということであり、人々がどうやら今まで思っていたのとは異なるタイプの政府を求めているということでした。

エアポケットのような「時空間」

 この間、社会は消費を止め、生産を停止し、学校を止めました。まるで世界中がエアポケットのような「時空間」に入り込んでしまったかのようです。私自身も小学生の子供に、「もうこのまま学校が始まらなくてもいいんだけど」と言われたことがあります。

 なければないなりに生きていける、というのはその通りです。友人と酒を酌み交わさなくても、春夏の洋服を買わなくても、ジムが閉まっていても、子供を遊園地に連れて行けなくてもそれなりに生きていけます。

 学校に行かないことが当たり前だった時代もあります。しかしそこには、ではどうやって食べていくのかという意識が当然に存在していました。家を継げるか、受け渡された財産を維持し増やせるか、所帯を持てるか。どれも当たり前ではなく、それなりに恵まれ、努力し続けなければ、実現しないことでした。

机を縦に並べて「ソーシャルディスタンス」を保ちながら話し合う児童たち=2020年7月22日、東京都国分寺市立第五小学校

「生かす」を目的とした社会は持続可能性が乏しい

 ところが、コロナ対策の政策目標が「民を生かすこと」に向けられている現在の先進国では、コロナに感染しないよう家で閉じこもってさえいれば、自分の人間としての活動がまっとうされたかのような実感を持つことができる。換言すれば、家で自粛生活を送れるぐらいには社会的・経済的に恵まれた状況にある人たちは、そうしているだけで社会における自分の役割を相応に果たしているという感覚を抱けるのです。もちろん、そうではない人たちとの間には、後述するように大きな格差が存在するのですが……。

 メディアは日々、感染者数の増減や新型コロナウイルスの脅威を報じ、それが国民の一大関心事になってしまった。通常の社会では人々の欲望や関心は多様に分散しています。しかし、コロナ禍のもと、人々の関心は感染拡大を食い止めることや、感染症の性質や見通しについて、侃々諤々(かんかんがくがく)の議論を繰り広げることにのみに向かっています。そのような状況においては、コロナ以外のモノや情報に欲望は向かいにくい。

 米国では4~6月期のGDPが大きくマイナスになったと報道されています。日本でも年率換算でマイナス20%台と予測されています。さすがに7割に縮小した経済で、今いる人数の国民に、これまでと同じような豊かさと安全を届けることはできません。

 結局のところ、人々を「生かす」ことのみを目的とした社会は持続可能性が乏しいのですが、それが統治の観点からはうまくいってしまったことに、政治学者はもっと目を向けるべきではないでしょうか。それはどういうことか。

コロナ禍のもと、全社員が原則テレワークとなり人影のないフェンリルのオフィス=6月中旬、大阪市北区、同社提供

“戦時体制”をすんなりと受け入れた人々

 ここで注目したいのは、豊かさを求めて生産性向上を働きかけてきた政府のメッセージよりも、コロナから命を守るため事実上“戦時体制”に入ると告げた政府のメッセージの方が、人々にウケが良かったという点です。

 生産性は人を管理するひとつのやり方ではありますが、経済活動の多様性や職業選択の自由がある限り、人事評価システムと同様、個々の職場でしか強制されません。また、人々の生産性があがれば、定義上は労働時間が減って余暇が増え、収入も増えるわけですから、集団全体だけでなくてその人にとっての利点も大きい。

 安倍晋三政権が掲げた「女性活躍」や「女性の活用」というスローガンに対して、生き方への介入であるとか、女性を経済成長のための労働力としてのみ見ているとかいう批判が上がったことがありますが、実際には政府は誘導を行っただけで、具体的に人びとの行動を縛ったわけではありませんでした。

 それに対し、コロナ禍における行動制限は、もっと直接的に人びとの行動を縛るものです。例えば、夜19時以降はお酒を出してはならない、20時以降までご飯を食べていたりしてはいけない、海にサーフィンに行ってはいけない、公園を散歩して桜を見にいってはいけない、などなど。

 生産性向上は人々の自由意志を前提にしつつ効率的に管理し、その群れ全体を持続可能に繁栄させるためのものですが、“戦時体制”はもっと極端で、人々の自由を制限し、ひとつの目的に向かって邁進させるものです(今はコロナ感染の抑え込み)。

 にもかかわらず、人々は今回、生産性向上では見られなかった従順さで“戦時体制”をすんなりと受け入れました。

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