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民主主義を終わらせぬために ワイマールの人々の問いかけ

【29】ナショナリズム ドイツとは何か/ワイマール⑥ ホロコーストと市民

藤田直央 朝日新聞編集委員(日本政治、外交、安全保障)

史料館「ワイマール共和国」で、来館者たちが民主主義の将来を考えた寄せ書き=2月、ドイツ・ワイマール。藤田撮影

【連載】ナショナリズム ドイツとは何か

 ドイツ中部の古都ワイマールで、史料館「ワイマール共和国の家」を2月19日午後に訪れた話を続ける。

 第一次大戦後にドイツ初の民主的な憲法がこの地で採択されながら、世界恐慌に政治が揺れる中でナチスが台頭。この憲法を骨抜きにして独裁に至る「民主主義の終わり」への過程を、史料館の展示に沿って振り返ってきた。

 その前回の連載で私は、ナチス独裁政権が第二次大戦へ向かう1930年代で「時系列の展示は終わっていた」と書いた。だが、この史料館ではそれだけではなく、そこから教訓をどうくみ取り、今の民主主義にどう生かすかという提起までがなされていた。

 ナチス時代に至る展示の暗いトーンとはうって変わり、明るい紫をバックにした「民主主義のビジョン」という最後のコーナーに、六つのテーマで問いかけがあった。いずれもワイマール憲法下の政治状況をとらえたもので、昨年の憲法採択百周年を記念してできた史料館らしく近況に引きつけていた。

 テーマ別に用意された小ぶりな紙の札に、来館者がそれぞれの考えを書いたものが、壁にたくさんぶら下がっていた。今日への示唆に富むその問いかけのうち、二つを紹介する。

史料館「ワイマール共和国」の展示「民主主義のビジョン」

「ポピュリズムという妖怪」

史料館「ワイマール共和国」の展示「民主主義のビジョン」より

複雑な時代に単純な答え?

 欧州にポピュリズムという妖怪が現れています。克服したと長らく思われていたものが蘇り、民主主義の土台を脅かしているようです。経済危機、大量失業、移民、そして将来全般への懸念が、単純な回答と解決への願望という火に油を注いでいます。

 かつてのワイマール共和国や周辺国でもこの現象がはびこっていました。左翼や右翼の急進的なイデオロギーが救済を約束して人気を得ました。欧州の若い民主主義は一国ずつ独裁に陥っていきました。現代のポピュリストたちの狙いは何でしょう? 彼らが批判する「やつら」とは、地方自治体、中央政府、欧州連合(EU)のどれなのでしょう?

 ポピュリズムは近年、ドイツや世界各地で躍進しているようです。現代のポピュリストたちはイデオロギーよりも「常識」に戻れと求めます。その「常識」こそ、私たちがポピュリズムに対抗するために使わねばならないものです。

史料館「ワイマール共和国」で展示を見る人たち

民主主義には妥協が必要?

 ドイツの政治では妥協は評判がよくありません。ワイマール共和国の頃は、『こちらは、かたやあちらは』ときりのない連立政権が批判されました。いろんな立場やイデオロギーの寄せ集めで、妥協にあまり前向きではありませんでした。多くの団体が議会を「議論ばかりで行動しない」と見なして街頭でデモをし、自分たちの意見を押しつけようとしばしば暴力に走りました。

 危機の時代には、左翼も右翼もプロパガンダに聴き入るよう仕向けられました。不安が増す今日の多くの人々もまた「もっとはっきり」した政治を好みますが、私たちの議会制民主主義とは利害を調整するものです。それを弱さと考える人もいますが、政治とは議会であれ地域の集会であれ、妥協に基づくものです。

 他人の声に耳を傾け自分の意見にこだわらないことは難しいものです。しかし、妥協への意志は、私たちの民主主義と、人間社会での共存にとっての要石なのです。

「また経済危機が起きたら…」

 史料館は「欧州に蘇ったポピュリズムの妖怪」について詳しくは語らない。だが、ここ数年の中東からの大量の難民受け入れをめぐり、ドイツを含め欧州各国で勢力を伸ばす排外主義的な政治勢力を指すことは明らかだ。

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