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吉村洋文・大阪府知事のイソジンうがい推奨は何が間違っているのか?

維新の会の“体質”であるリスク無視の「Good Try」論こそが問題だ

米山隆一 衆議院議員・弁護士・医学博士

ポビドンヨードうがい薬について説明する大阪府の吉村洋文知事=2020年8月5日、大阪府庁

波紋を広げた吉村知事の「うそのような本当の話」

 大阪府の吉村洋文知事が8月4日に緊急の記者会見を開き、「うそのような本当の話をする」と強調した上で「ポビドンヨードのうがい薬をすることで、このコロナにある意味、打ち勝てるんではないかとすら思っている」などと発表したことが波紋を広げました。(参考)。

 批判を受けた吉村知事は翌日の記者会見で「誤解があるようなところも見受けられます」「予防効果があるということは、これは当然、そういうのは一切ないわけでして、そういうことも言ってませんし、予防効果があるわけでもない、それから治療薬でもないということを申してます」と軌道修正しました。

 その一方で、「僕自身は、うそみたいな本当の話っていうのはまさにそのとおりだと思ってまして、正確に丁寧に伝えるというのは、それはマスコミのメディアの皆さんも編集権があるわけですから、やるべきじゃないですか。」「これがうまく浸透していけば人にうつすという行為がなくなってくれば、どんどんこれは下がっていくわけなので、そうなってくれば僕はコロナに打ち勝てるんじゃないかと思っています」として、ポビドンヨードによるうがいによって新型コロナ感染症を制御できるという見解は変えませんでした。

 さらに、「僕がそういうふうに感じたところをしゃべったら、それは間違いだとか言われたら、僕自身はこれ、言いたいことも言えなくなる」とし、基本的には自らの発表は問題なく、伝わり方、若しくはマスコミの伝え方に問題があったとの認識を示しました(参考)。

 同時に、吉村知事自身がツイッターであらためて「感染拡大防止への挑戦。」と表明し(参考)、日本維新の会馬場幹事長が、吉村知事の記者会見に複数の医療団体が抗議声明を出したことに対して、「ひどいね〜 批判してる団体は共産党系、普段から政府や役所を批判している。今の制度がダメなら実現性のある提案をお願いします!」とツイートしました(参考)。

 また、タレントの松本人志氏が「これに懲りずにどんどん次から次へといろんなアイデアを出して欲しいと、吉村さんには思う。これでみんながたたくと、どんどんいろんなお偉いさんたちが萎縮してしまうので」と支持を表明(参考)。高須克也高須クリニック院長も「マスクを推奨するのとイソジンのうがいを推奨するのと何が違う?」(参考)として吉村知事の記者会見は問題ないとする立場を表明しています。

 また、日本維新の会の松井一郎代表は8月4日の記者会見で、記者から「研究途中の発表は前のめりでは」と質問されると、「結果が出たのに、黙っていろと言うのか」と不快感を示した(参考)うえで、吉村知事を擁護する一連のツイートを、自身も自らの公式アカウントでリツイートしています。

 以上をまとめると、「イソジン(ポビドンヨード)うがい研究」についての日本維新の会の公式見解は、「イソジンうがいを推奨した吉村知事の8月4日の記者会見は、内容が不正確に伝わったが、その責任はマスコミにもあり、推奨それ自体は『感染拡大防止への挑戦』((Good Try〈グッド・トライ〉)だから非難には当たらない」というものだと考えられますし、上述の通り少なからぬ著名人がその立場に賛同しています。

 しかし、このような考え方は、「医薬品の安全の確保」という考え方をまったく理解していない極めて危険なものだと思います。あわせて、この「イソジンうがい研究」の一件は、「日本維新の会・大阪維新の会」という政党の政策に対するスタンスを如実に示していると思われますので、本稿では、この2点について論じたいと思います。

「ポピドンヨードうがい」研究の致命的欠陥

 まずもって、松井大阪市長の「結果が出たのに、黙っていろと言うのか」に代表される「この研究でイソジンうがいの有効性は示されている」とする考え方は本当でしょうか?

 その判断の材料となる、「地方独立行政法人大阪府立病院機構 大阪はびきの医療センター 次世代創薬創生センター長」松山晃文氏の手による「ホテル宿泊療養におけるポビドンヨード含嗽の重症化抑制にかかる観察研究について」公式に公開されている資料は、何とA4で1枚の資料だけです。

 この資料は通常の論文がとる、Abstract(要約)、 Introduction(導入)、 Methods(手法)、 Results(結果)、 Discussion(考察)、 Conclusions(結論)、という体裁をとっておらず、それぞれの要素はまったく網羅されていません。

 特に、①Methods(手法)で記載されるべき「イソジンうがい群」「非うがい群」のそれぞれの構成(最低限年齢と性別の構成)と、それぞれの群に対する研究の実施条件が示されてない、②Results(結果)で示されているそれぞれのデータについて、平均値のみが示され、データの標準偏差が示されておらず、有意かどうか判断できない――という致命的欠陥があります。

 論文の形式になっていないことについては、「これからやるところだった」と言う言い訳がとおらないでもないのですが、上記の①②は致命的です。

 研究者が研究として行っている以上、①②のデータがないはずはなく(ないなら、それは研究ではありません)、それが公式資料に示されていないということは、①群の年齢・性別の構成が著しく偏っており、結果を一般化できない。またそれぞれの群に対する研究の実施条件も統一的なものではない、②データの標準偏差が極めて大きく(平均値の差より大きく)統計的に有意でない――としか考えられないからです。

 もちろんこれは推測に過ぎないのですが、もし群の構成が適切で、それぞれの群に対する実施条件が統一的で、各データの分散が平均値の差より小さく統計的に有意であるなら、松山医師と吉村知事はただちにそのデータを公開して批判を払拭することが可能であり、それがなされていない以上、そうではないと判断せざるを得ません。

 すなわち、そもそもこの研究で「結果が出た」と考えること自体、まったく科学的ではなく、大阪府知事や大阪市長がそのように考えているのであれば(そのように考えているからこその会見でしょうが)、大変恐縮ながら、このお二人は「科学的リテラシー」に関してはほとんどゼロであると言わざるを得ません。

 そのうえ、このお二人は、恐らくは大阪府庁、大阪市庁にいるはずの「科学的リテラシーのある職員」の諫言(かんげん)に耳を貸さなかったか、もしくは、大阪府庁、大阪市庁には、お二人にその様な諫言ができる職員はいないとしか考えようがないことになります。

大阪府の吉村洋文知事と、研究を行った大阪はびきの医療センターの松山晃文氏=2020年8月4日、大阪府公館、

疑問だらけの研究デザイン

 さらに、よりそもそもの問題として、この研究は研究デザインからして疑問が多いものです。すでに随所で指摘されていますが、思いつくものを挙げてみます。

 まずは、
①結果として示されているのは「唾液のウィルス陽性率」のみであり、「イソジンうがい」が唾液中、さらには体全体からのウィルス排出量を減らすのか、重症化を抑制するのか、感染を抑制するのかについては、何も言えない、

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