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コロナの「ステイホーム」で妻はなぜ不満を爆発させるのか?

共働きが増えても、家庭の男女の役割分担意識を捨てるのは難しい。さて、どうする?

円より子 元参議院議員、女性のための政治スクール校長

KrerkStock/shutterstock.com

 ホームステイ先のストックホルムの友人の家で、朝起きてコーヒーを飲もうとキッチンに行くと、友人の恋人が来ていて、1歳くらいの男の子に朝食を食べさせている。「おはよう。コーヒー入れたから飲んでね」。

 友人は既に勤めに出ていて、恋人の彼は、別れた妻がイギリスへ休暇旅行に出掛けたので、子どもを預かっているのだという。食事を食べさせる手つきも紙おむつを変えるのも慣れたもの。普段は母親と暮らしている息子だが、週の半分は保育園の送迎をし、彼の家で週の1日は過ごすという息子と父親の関係はとても親密だ。

スウェーデンの保育園のキッチン

 彼は息子が生まれる前から、両親学級で沐浴の仕方、離乳食の作り方、うんちのお尻の拭き方などすべて習っていて、赤ちゃん用の毛糸の帽子も靴下も編んだと聞いて、私は驚いてしまった。

 「えーっ、私、赤ちゃんの靴下なんて編めない!」という私に、「おや、日本の女性も困ったもんだね」と彼は笑って、ジャーナリストなら保育園の取材に行くといいと教えてくれた。幼い時から男女の別なく料理も編み物もできるよう、訓練しているという。

 保育園に行くと、3才、4才のこどもたちがじゃがいもやにんじんを切り、シチューをつくっていた。子どもたちの背丈にあわせた調理台のあるキッチンがあり、調理はお絵描きや歌と同じようにカリキュラムのひとつなのだ。広いベランダでは大人用の大工道具ののこぎりやかなづちを使って、園庭に来る小鳥たちの巣箱を作っていた。

 男女共に、幼いうちから性別に関係なく生きるための技術を身につけ、できることはするということが、したくでもできない人、つまり障がいをもつ人たちを支えることになると園長は言った。40年以上も前の話である。

女子のみが学ぶものだった家庭科

 日本では当時、家庭科は女子のみが学んでいた。日本の中学で家庭科が男女共修になったのは1993年度から、高校では94年度からで、それまでは家庭科はほとんど女子のみに限られていた。

 私がこうしたスウェーデンでの保育園の話をすると、女性たちはみな、幼いうちからの男女の家事育児技術の習得の必要性に賛同したが、男性たちの反応は悪かった。ちょうど高度経済成長期で、稼げる男が一番という風潮が強く、子どもの出産で休みたいと言おうものなら、「ダメ男」の絡印を押されかねなかった。「家事、育児は女性の役割」と多くの人が自然に受け入れていて、「家庭科を男女必修に」という運動も、実現までに時間を要したのである。

 私は団塊の世代で、運良く4年制大学に進学させてもらえたが、当時、4年制大学の女子の卒業は全体の5%にも満たなかった。「女の子には高等教育など必要ない」という考え方が主流を占めていたのと、男兄弟がいれば「男の子は大学に行かせても女の子までは」という経済的理由もあった。

家庭科の授業でマスクを手縫いする児童たち=2020年7月4日、福岡市立草ケ江小学校

就職活動で突き当たったジェンダーの壁

 5%しか大学に行けなかったとは、当時は知る由もなく、男女の差別など意識もせずに育ってきた私だったが、就職活動でまず今で言うジェンダーの壁に突き当たる。大手出版社に問い合わせたところ、「衣服とか料理とかを専攻しているならともかく、英文科の女の子なんて編集部では、必要ないんだよ」とケンもホロロ。

 卒業後3年目くらいだったか、一流といわれる企業に勤めていた友人が外資系に転職した。「男性は昇給、昇進していくのに女性は全く認められない。日本の会社ではやってられない」と彼女は怒っていた。

 大手新聞社の幹部と話していて驚いたのは入社差別があることだった。「いやあ、近頃の女の子は成績優秀なんだよなあ。試験の上位は女性ばかり。でも女ばかりじゃ困るだろ。結婚出産でどうせ辞めちゃうし、子育てしながらできる仕事じゃないからね。だから、毎年、下の方の男子を入社させる」

 一昨年(2018年)、大学医学部で女性や浪人の受験生に不利な操作をしている不正問題が発覚した。今も昔も変わらない。新聞記者も医師も結婚、出産、育児で仕事に支障が出る女性はなるべくとりたくないということなのだ。

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