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Amazonプライム問題で注目 三浦瑠麗さんの「平和のための徴兵制」に異議あり

多岐にわたる多大なコスト。これで「血のコスト」を若者は理解するか?

米山隆一 衆議院議員・弁護士・医学博士

 新型コロナウイルスの感染拡大以降、様々な買い物に巨大通販サイトAmazon を重宝している人も多いと思うのですが、そのAmazonが月500円/年4900円で提供している、配送料無料、動画見放題等を含むサービス Amazon Prime のCMに、国際政治学者の三浦瑠麗氏とタレントの松本人志氏を起用したところ、かねて「平和のための徴兵制」を掲げる三浦氏に対する批判から、Amazon Primeに加入している人達の間で、抗議のための解約運動が展開される事態が生じ、世間の耳目を集めました(参考)。

 解約運動それ自体は、CMに起用されたタレントと無関係にサービスを選ぶ人がいてもいいし、タレントの好き嫌いでサービスを選ぶ人がいてもよく、要するに「個人の自由」に尽きると思うのですが、同時にこの一件で三浦氏の提唱する「平和のために徴兵制が必要」という説が再度注目を集め、論座でも2019年7月13日に公開された「私が徴兵制が再び必要だと言う理由」と言う三浦氏の対談記事が、「ランキング」に再浮上しました。

 この対談の中で三浦氏は、「民主国家が平和を守っていくためには、国民が戦争を『我が事』として捉え、避ける仕組みがどうしても必要です。あえて徴兵制を論じることによって、私たちがその議論をはじめる契機になればと思っています。」と結んでおり、果たしてどこまで本気で「徴兵制」と言うものを考えているのか分らない部分もあるのですが、本稿ではあえてその議論にのり、真面目に「平和のために徴兵制は必要か」を論じたいと思います。

三浦瑠麗氏が主張する「徴兵制」の中身

自衛隊基地 akiyoko/shutterstock.com

 「平和のための徴兵制」の必要性を論ずるに当たっては、まずその「徴兵制」の中身を確定しなければいけません。そこで直近の三浦氏の著書『21世紀の戦争と平和』(新潮社)を当たってみると、「徴兵制」の具体的中身として「十五歳以上から七十五歳未満までの住民に災害対応を想定した義務的訓練を年に一度実施する。そして、環境問題への対応を含めた国土管理と郷土防衛の予備役に、さまざまな世代の国民を持ち回りで召集する。」(三浦瑠麗. 21世紀の戦争と平和―徴兵制はなぜ再び必要とされているのか― (Kindle の位置No.1785-1787))とされています。

 「この徴兵制」は果たして「平和のための徴兵制」として現実的でしょうか?

 まず非常にそもそもなのですが、誰がどう見てもこれは「平和の為の災害対応労働者徴集制」なのであって、通常の意味での「徴兵制」ではありません。率直言って、この制度は「自衛隊による災害対応労働教室+自衛隊災害対応補助労働者徴集」であり、国民が「災害対応のコスト」を理解することはあっても「血のコスト」を理解することはありえないと思われます。

 さらに言うなら、確かに自衛隊は様々な災害現場において活躍していますが、当然のことながら自衛隊が派遣される前には、自治体や地域の建設業者、医療・福祉関係者が中心となって幅広い災害対応を行っています。自衛隊は、その性質上「補給困難状況における自律的補給確保」や「強力な物理力による閉塞状況の打開」が必要な場面を選んで行って頂いているので存在感がありますが、災害対応の大半は、自衛隊が出動する前に自治体、建設業、医療・福祉機関等々の「民間人」が行っているのであり、「災害と言えば自衛隊」は、実際の災害対応の現場を全く知らない「一般の方」の一般的通念に過ぎず、事実ではありません。

 また普通に考えて、一般の人が年に一度訓練をしたくらいで、災害時に自衛隊に期待される「自律的補給確保」「強力な物理力による閉塞状況の打開」ができるわけがないばかりか、危険な災害現場においては自らの命すら危ぶまれる足手まといになりかねません。

 「平和のための徴兵制(災害対応労働者徴集制)」として一般の人を対象に「災害対応を想定した年に一度の義務的訓練」をやるなら、どう考えても自治体、建設業、医療・福祉機関で行う方が良いと思われます。

 要するに自衛隊による「災害対応を想定した年に一度の義務的訓練」は、そもそもそれを徴兵制と呼ぶのか、から始まり、その訓練を自衛隊が行う意義も、その結果災害対応にもたらす効果も、ましてや国民が「血のコスト」を理解する効果も得られない、率直に言って極めて不可解で、ほとんど現実味のない提案だというほかないのです。

一般にイメージされる「徴兵制」とは

 しかし、ここで話が終わってしまっては議論が深まりません。そこで、国民が「血のコスト」を理解しうると思われる「平和のための『一般的』徴兵制」を、敢えて私が設定して、考えてみましょう。

 まず「徴兵制」という言葉から一般にイメージされるのは、恐らく「韓国・イスラエル程度の徴兵制」であり、三浦氏も前出の著作の中で、非常に大きな部分を韓国・イスラエルの徴兵制の紹介に割いています。

 そこで三浦氏の著作から韓国の徴兵制を見ると、韓国軍62万5千人のうち40万人が徴集兵であり、対象は18歳~30歳の男子で期間は1年6カ月~1年10カ月、様々な事情による免除もありますが、応召率は7割とのことです(三浦瑠麗. 21世紀の戦争と平和―徴兵制はなぜ再び必要とされているのか― 〈Kindle の位置No.2708-2720〉)。

 また、イスラエルは男女とも徴兵の対象で(ただしユダヤ教徒と、イスラム教ドゥルーズ派の教徒が対象で、それ以外の宗派の者は志願は出来るが徴兵の対象ではない)、徴兵期間は男性が18歳~21歳の2年8カ月、女性は18歳~20歳の2年で応召率は72%、国軍16万8千人のうち兵役による徴集兵が10万7500人を占めるとされています(三浦瑠麗. 21世紀の戦争と平和―徴兵制はなぜ再び必要とされているのか― 〈Kindle の位置No.2711〉、参考)。

談笑するイスラエルの徴兵された兵士たち Mick Harper/shutterstock.com

 このレベルの徴兵制、すなわち国民のほぼ全員が主に20代において1年程度兵役につく徴兵制であれば、確かに国民の多くが現実に何らかの意味で「戦争」に触れることになりますので、実際にどうなるかはさておき、「まだしも『血のコスト』を理解しうると思われる」ことには、同意して頂けると思います。また、「徴兵制」という言葉から一般にイメージされるのはこのレベルの徴兵制であることにも、さしたる異論はないものと思います。

 そこで、国民が「血のコスト」を理解することができる「平和のための『一般的』徴兵制」として、あえて氏の提唱とは異なる「20~29歳の全国民に1年間兵役義務を課す」徴兵制を、韓国、イスラエルの例から応召率を7割として考えてみましょう。

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