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辞任表明でも安倍首相がこだわる敵基地攻撃能力 次の首相は引き継ぐのか

次の政権の性格を左右 自民党総裁選で避けず議論を

藤田直央 朝日新聞編集委員(日本政治、外交、安全保障)

辞意表明の記者会見に臨む安倍首相=8月28日、首相官邸。

 安倍晋三首相が8月末の記者会見で、辞任を表明する直前に「一時の空白も許されない」として語った懸案がふたつある。一つはコロナ対策だが、もう一つが「安全保障政策の新たな方針」だ。その含意は、戦後の防衛政策を大転換する敵基地攻撃能力の保有である。これをどこまで引き継ぐのかが、次の首相に問われる。

「速やかに与党調整、具体化」

 安倍首相は8月28日夕、首相官邸で目を少し赤くうるませながら、青のカーテンを背に記者会見に臨んだ。冒頭発言では、在任中何度も口にした「我が国を取り巻く厳しい安全保障環境」というフレーズを使い、こう語った。

 「迎撃能力を向上させるだけで本当に国民の命と平和な暮らしを守り抜くことができるのか。一昨日の(政府の)国家安全保障会議では、ミサイル阻止に関する安全保障政策の新たな方針を協議しました。今後速やかに与党調整に入り、具体化を進めます」

 2カ月以上前の6月18日の記者会見で自身が持ち出した、「安全保障戦略の新たな方向性を打ち出す」という方針を、辞任表明の場で改めて強調したのだ。しかも今回の会見では敵基地攻撃能力の保有について、「迎撃能力向上だけで国民が守れるのか」と冒頭で自ら言及した。6月18日は質問に答えてだった。

6月18日に記者会見する安倍首相=首相官邸。

 安倍首相の言う「速やかに与党調整、具体化」が、次の首相を決める自民党総裁選を控え、また連立を組む公明党が敵基地攻撃能力の保有に消極的という混沌の中で、どのように進むのかは定かでない。

 ただ、1954年の自衛隊発足以来、違憲ではないとしながらも控えてきた敵基地攻撃能力の保有に踏み切るかどうかは、次の首相が担う政権の外交・安保政策を出だしから強烈に方向付ける判断だ。自民党総裁選では大いに議論されるべきであり、その論点を示しておく。

欺瞞を置き去りの拙速さ

 安倍首相が6月18日の会見で唐突に発言した時にも筆者は「論座」で指摘したが、この時期に敵基地攻撃能力を持つ形で「ミサイル阻止に関する安保政策の新たな方針」を打ち出すなら、説明責任を果たさぬ「三つの欺瞞」を正さねばならない。

 第一に、政府がこの議論を持ち出すきっかけにした、陸上配備型の弾道ミサイル迎撃システム「イージス・アショア」の配備断念について検証し、説明すべきだ。2017年末に導入を閣議決定までして、すでに米側に196億円も払っている。

 第二に、安倍首相は6月18日と今回の会見でともに北朝鮮の弾道ミサイル能力向上を理由としたが、2018年以降の米朝協議を経て日本周辺へのミサイル発射が激減する中で、なぜ敵基地攻撃能力を持つ必要があるのかを説明すべきだ。

 第三に、安倍首相は6月18日と今回の会見でともに触れなかったが、中国との関係を明確にすべきだ。日本も射程に入る中国の弾道ミサイルは、中台問題への米国の介入阻止が主眼である。ならば、日本が中国に備えて敵基地攻撃能力を持つ理由は何か。

米ハワイ州カウアイ島にある米軍のイージス・アショア実験施設=2018年1月。
 

 安倍首相は今回の会見でも、この3点に全く触れず置き去りにし、敵基地攻撃能力の保有を含む「ミサイル阻止に関する安保政策の新たな方針」のたがを次の首相にはめるような発言をした。拙速と言わざるを得ない。

 第一のアショア断念の検証不在は拙速そのものだが、第二、第三も次の首相には重荷になる。とりわけ外交面だ。

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