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反政府運動が勢いづくタイで一党独裁の中国に厳しい目を向ける若者たち

タイの若者に何が起きているのか(下)

吉岡桂子 朝日新聞編集委員

 タイで若者を中心とした反政府運動が勢いづいている。8月16日には首都バンコクで、2014年の軍事クーデター以降では最大規模の約2万人が参加した反政府集会も開かれた。軍政色の強い憲法の改正や言論の自由に加えて、王室改革にも声を上げるようになった。絶対的な権威であり不敬罪もあるタイで、王室に対する不満もまじえた言及は異例の事態だが、ネットからリアルな集会まで、大学生だけでなく中高校生まで、バンコクだけでなく地方都市まで、と活動の輪は広がる。

 権威主義に声をあげる若い世代は、中国共産党一党支配の中国に対して厳しい目を向けるようになっているという。若者の変化は、将来の両国関係にどのような影響を与えるのだろうか。「中国は強大化したが、ポジティブなイメージ作りに失敗している。ソフトパワーに乏しい」と語るタマサート大学東アジア研究所長のシティポン・クルアラッティガン准教授に話を聞いた。

タマサート大学准教授で東アジア研究所長のシティポン・クルアラッティガンさん=2020年8月7日、バンコク近郊・タマサート大学、吉岡桂子撮影

Sitthiphon Kruarattikan(シティポン・クルアラッティガン)
タマサート大学准教授、東アジア研究所長

中国に「ノー」と言えないタイ政府

――タイと中国の関係をどうみていますか。

 「タイと中国は兄弟」と両国政府は長年にわたって言ってきました。タイ社会における政治や経済のエリートは、中国に対してポジティブな見方を持ち、中国共産党のリーダーシップも支持している。中国とのつきあいのなかで、利益を得ているからだ。近い将来、関係が変わることはないだろう。

――香港で昨年、逃亡犯条例をきっかけに反政府デモが起きたときも、タイの最大手財閥で華人系のCP(チャロン・ポカパン)グループは、早々に香港政府支持を示す全面広告を香港紙に出していました。外資系ではめずらしい対応でした。鄧小平氏が改革開放にかじをきったときに真っ先に投資して以来、中国市場との結びつきは非常に強い財閥です。

 タイ政府の政策当局者も、中国政府にノーとは言えないんです。経済的に依存していますので、中国を公然と批判して怒らせることはできません。タイはミドルパワーの国として、米国と中国が対立するなかでも両方と友人の関係を続けるでしょう。

 ただ、反政府集会に参加しているような若い世代は、ちょっと違う見方をもっています。

民主記念塔前で開かれた反政府集会=2020年8月16日、バンコク、吉岡桂子撮影

民主化を求める若者に広がる中国への不満

――どう違うのですか。

 タイに2014年の軍事クーデターで生まれた政権に対して、中国政府は「タイの内政であり干渉しない」と言ってきた。これは軍政とそれに続く現政権に対する明確な支持であり、タブーなき民主化から王室改革まで求める若者や一部の知識人には不満です。また、強大化した中国は国際社会のトラブルメーカーにも映っている。国内では一党独裁を続け、対外的には野心的な強気の外交を展開し、米国のみならず各国とぶつかっているからです。タイは中国と直接の領土紛争はありませんが、南シナ海の専横ぶりは当然、目に入ってくる。

 中国人観光客がタイを訪れ、マナーが悪い人もいる。不動産に投資してビザを取得して、半永久的に住もうとする中国人も増えていて、バンコクには新しいチャイナタウンができている。タイは歴史的に華人が多い国で、私の曽祖父母も大陸出身です。あの世代は貧しい中国人がタイへ移民しました。現地の社会や文化に適合しようとしました。しかし、大陸から今、移り住む人は裕福で固まって住んで、現地社会になじもうとはしない。ビジネス相手としては非常に重要ですが、複雑な思いを抱くタイ人がいることは、日本の方々も想像できるでしょう。

反政府集会の会場に置かれた赤い牛。栄養ドリンク「レッドブル」の創業者の孫がひき逃げ事件の疑いがありながら、優遇されたとして貧富の差による二重基準が庶民の怒りを招いている=2020年8月16日、バンコク・民主記念塔前、吉岡桂子撮影

ポジティブなイメージ作りに失敗した中国

――香港の民主活動家として知られる黄之鋒(ジョシュア・ウォン)氏が2016年、タイで若い活動家が開いた民主主義を語り合うセミナーに参加しようとして、タイ当局から入国を拒まれましたことがありました。

 中国政府への配慮です。仮に今、香港の活動家が入ろうとすれば、中国への配慮だけでなく、タイ自身の反政府活動との連帯を嫌って、やはり入国させないと思います。ネットで偶然うまれたバーチャルなミルクティー同盟(「若者の怒りがはじけた!権威主義と戦うタイ・香港・台湾のミルクティー同盟」参照)がリアルなものになってしまうことが怖いはずです。

 タイの若者たちは軍政の延長線上にある現政権と戦っています。21世紀生まれの若者たちは率直に語り始め、(タブー視されてきた)王室改革まで求めている。

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