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「女性は政治に向かない」という無意識の偏見は新型コロナで覆されるか?

コロナ後の「新しい政治」は男性と女性のギャップを埋めるのか

円より子 元参議院議員、女性のための政治スクール校長

 「人の噂も75日」ということわざがあるが、SNSやテレビの発達した現代は75日も待たず噂は過去のものとなる。1週間前にあったことさえ忘れるほどの高速の世界だ。

 そうしたなか、いわゆるアベノマスクが「もっと大事な対策をして欲しいのに」という国民の政治に対するうんざり感を長時間持続させたのは、安倍さんが頑固に小さいアベノマスクをつけ続けてテレビに映っていたからだろう。安倍さんが映るたびに「あんなマスクに何百億もかけて」と怒りを呼び起こすことになったのだ。忘れていたモリカケ問題や「桜」まで思いおこし、検事長問題にも火がついた。

コロナ危機で称賛される女性リーダーたち

コロナ問題でのテレビ演説するドイツのメルケル首相=2020年3月24日、ドイツ政府HPより

 コロナの危機は世界中の国を襲った。そのコロナとの闘いで、わが国とは違って国民から高い評価を得ているリーダーたちがいる。ニュージーランドのジャシンダ・アーダーン首相(40)、ノルウェーのエルナ・ソルベルグ首相(59)、アイスランドのカトリーン・ヤコブスドッティル首相(44)、ドイツのアンゲラ・メルケル首相(66)、台湾の蔡英文総統(63)、フィンランドのサンナ・マリン首相(34)などだ。いずれも女性である。

 34歳のサンナ・マリン首相は第1子の出産後1年であり、首相就任直後でもあったが、コロナ危機に直面し、早急に非常事態宣言を発令。海外渡航の禁止など的確なリーダーシップを発揮した。世論調査では85%もの有権者が支持をしている。

 これらの女性リーダーたちは「良識の代弁者」として称賛されているのだが、そろって国民とのコミュニケーション能力が高い。冷静さを保ち、効果的なメッセージを出す。科学に基づく論理的な判断のもと、迷いのない断固とした行動をとる。なにより、国民の不安と心配に共感する姿勢がにじみ出ているのが、支持される大きな要因だろう。

感動を呼んだメルケルのテレビ演説

 多くの人に知られているが、メルケルさんのテレビ演説は感動を呼んだ。ドイツに住む一人一人に、数字を羅列するのではなく、「私たちの父であり母であり祖父であり祖母であり、パートナーといった生きている人たち一人一人の問題で、どの命もどの人も重要であり、その共同体を守るために、多くの犠牲を払わなければならない事態を理解し、共に乗り越えよう」と語りかけた。

 男性女性にかかわらず、危機にある時の国のリーダーは、想像を絶するほどの気力と体力が必要だと思う。メルケルさんも疲労が溜まっているだろう。しかし、残っている力を振り絞り、懸命に働く医療関係者に感謝し、不安と悲しみの中にいる人々に静かに語りかけた。

 「ウォッカで手を洗えばいい」、それでコロナを退散させることができると言い放ったベラルーシの大統領など、残念ながら、国民に寄り添うどころか、医療崩壊を招きかねない男性リーダーを横目に彼女たちを見ていると、「女性は政治に向かない」「政治は男の仕事」といった考えは違うのではないか、無意識のうちにあるそうした偏見は覆されるのではないかと思えてきた。

「何百万もの人が私を嫌い」と書いたヒラリー

 しかし、現実には政治の世界は「男の世界」と言っていい。女性の参入を阻む壁が厳然としてあるのだ。

 世界で初めて、ニュージーランドの女性が参政権を獲得したのは1893年。アメリカは1920年。ちょうど100年前だ。そのアメリカでは4年前、初の女性大統領が誕生するかと思われたが、ヒラリー・クリントンは選挙に敗れた。

 彼女は自分が大統領に向いているし、いい大統領にもなれると信じていたから、敗北にうちのめされた。そして、敗北の冷静な分析を書いた著書「WHAT HAPPENED」の中で、「何百万もの人が私を嫌いなのだという結論に達した」と書く。

 確かに、ずっと男性のポジションだったものを奪いかねない女性には、抵抗が待ち受けるだろう。男性同士だって凄まじい権力闘争が起きる。アメリカという世界の大国のトップであればこそ、小国とは違う権力争いがあるのかもしれない。

 とはいえ、政治家は嫌われるのが普通である。どんな政策も全ての人に受け入れられるわけではなく、賛成反対、さまざまな意見とそれに伴う利害があるから、嫌い憎む人がいるのは仕方がない。そこで反対者にも利害の対立する人にも、十分ではないが、何分か納得できそうな策を講じて全面的に敵にしない、人を追いこまないということも、政治には必要になってくる。

 支持率は政治家や政党が大いに気にするものではあるが、好かれているか嫌われているかを気にしていてはやっていけない気もする。ヒラリー・クリントンの言うように、ほんとうに女性が権力を握ることを人々は嫌っているのだろうか。

 「ガラスの天井」と言われる見えない壁を突き破って、初の女性のアメリカ大統領になってほしいと私自身ももちろん期待していた一人なのだが、彼女が敗れた理由の大きなものは、働いても働いても食べていくのが精一杯という労働者と、額に汗しなくても金融資産を動かして大儲けをしているウォール街に代表される人々との格差が拡大するなかで、ヒラリーが後者の人々に繋がっているとみられたことにもあると思う。

カマラ・ハリス副大統領候補に期待

 今また、コロナの感染拡大のなか、アメリカではさらに格差が広がっている。黒人、ヒスパニックの感染率は高いが、こうした健康格差の背景には、医療格差だけでなく、住宅格差や経済格差がある。彼らの多くはテレワークのできない運送業務、スーパー、病院、老人ホームなどでエッセンシャルワーカーとして働き、感染リスクが高い。ロックダウンと休業で勤めていた会社が倒産し、失業したケースも少なくない。

 アメリカは、欧州では廃れたチップ制がいまだに残っていて、ウェーターなどのチップ労働者は一般労働者よりさらに低い最低賃金で働いていたが、今回のコロナで真っ先に首を切られた。

バイデン前副大統領の応援演説に立つカマラ・ハリス上院議員=2020年3月9日、米ミシガン州デトロイト、藤原学思撮影

 こうしたなか、「黒人の命が大事」というBlack Lives Matter運動がおこり、民主党のバイデン候補はカマラ・ハリス上院議員を副大統領候補に指名した。

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