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韓国の「コロナ入試」から学ぶこと――日本は大丈夫か?

伊東順子 フリーライター・翻訳業

例年より減少した受験生

「大学修学能力試験」が行われた2020年12月3日、ソウル市内の試験会場に入るマスク姿の受験生20201203「大学修学能力試験」の会場に入る受験生=2020年12月3日、ソウル市内

 12月3日、韓国で大学入試のための共通試験(大学修学能力試験)が実施された。全国の受験生は49万3000名、昨年(2019年)より減少傾向にあるという。

 「コロナのせいで、勉強が十分にできなかったと思って、今年はあきらめた受験生がいたのでは」

 ニュースではそう伝えていたが、そもそも今年の高校3年生は彼らが小学校に上がる時に早生まれの基準が変わったせいで全体の人数は少ない。にもかかわらず、夏頃には受験生が増えるという予想も出ていた。

 まだ「一度も大学に行っていない」という新入生がインタビューに答えていた。

 「ずっとリモートですから、キャンパスに愛情がわきません。こうなったら昨年失敗した第一志望をもう一回めざすという可能性も……」

 上昇志向の強い韓国人ならあり得る話だと思って聞いていたが、そういう人は極々一部だったのだろう。

 「もう一回受験勉強するって、言うほどやさしいことじゃないですよ。それでなくても、コロナでストレスマックスなのに」

 知り合いの大学生に聞いてみたら、再受験も一瞬考えたがすぐ気持ちが折れたと言っていた。たしかに下手に受験勉強など始めて、今の大学の単位を落としたら目も当てられない。それに日本ほど表には出てこないが、経済的な問題もあるはずだ。

 それはさておき、塾や予備校もたびたびコロナによる休業命令が出たり、今年は受験生にとって落ち着かない環境であったのは事実だ。また、コロナに翻弄された現役生(高校3年生)に比べると「今年は浪人生有利」とも言われ、それを慮ってか、「試験問題はいつもより簡単だった」という。

 またニュースでは、受験生が少なかった理由として、そもそも親が今年の受験をあきらめさせたケースも多いようだと言っていた。これは韓国で暮らした人なら大いに納得すると思うが、日本人に比べて韓国人の親の方が、子どもの受験にも、子どもの健康にも、全般的に関心が強い。よって学校の休校措置を要望する親も多く、それは今回の新型コロナに限らず、かつてのMERS(中東呼吸器症候群)や新型インフルエンザの時も同様だった。まだ校内に感染者が1人もいない段階から休校措置が発令され、アメリカン・スクールなどから「過剰だ」と抗議があったほどだ。

 それもあって、2020年3月の新学期から今まで、地域と学年によって若干のばらつきはあるものの、韓国の学校で通常授業が行われた期間はわずかだった。

 「ためしに数えてみたら、うちの子(小学校3年)が学校に通ったのは、1年で30日もなかった」

 ソウル近郊で暮らす友人は言っていた。

 感染が拡大し医療の逼迫も心配され始めた11月末からは一段と制限が厳しくなり、ソウル市等ではすでに幼稚園から高校生まで分散登校、さらに12月7日からは中高生は全面的にリモート授業に転換される。桁違いの感染者や犠牲者を出しながらも「学校だけは閉めない」という欧州の国々とは大きな違いがある。

 ちなみに12月初頭の現在、韓国の陽性者数は500~600名余り。日に2000名以上の陽性者が出ている日本に比べて感染は抑制されているようにも見えるが、市民生活における制限ははるかに厳しい。

試験会場のコロナ対策

 しかし大学入試は中止もリモート化もできない。

 例年は11月に行われた統一試験が、今年は新型コロナの影響で1カ月遅れの12月となった。試験当日である12月3日の夜のニュースは、これを「歴史上初めての事態」とトップニュースで報道していた。いささか大げさな気もするが、よく知られているように韓国は日本以上の「受験大国」である。科挙制度のあった李朝時代から、「共通試験」は国家的行事なのである。

 実は近年、米国的なAO入試(書類選考)への切り替えが進んでいたのだが、それを利用した政権スキャンダルが2つの政権で続き、特にチョ・グク前法相に関する「不正入学疑惑」によって、世論は再び「試験中心にシフトすべき」というムードになっていた。文在寅大統領自らもその「試験主義への回帰」に積極的な立場を見せていたが、間の悪いことに新型コロナと重なってしまったのだ。

 11月30日のテレビニュースでは、事前に試験会場を自ら点検する大統領の様子が映し出されていた。机と机の間の距離。机の前に置かれた樹脂のスクリーンなど。一つ一つ確認しながら、椅子に座ってみる大統領。

 「最後まで緊張を緩めずに『防疫模範国』の姿を見せましょう」「海外メディアもこの時期に韓国が陽性者と隔離対象者にも試験を受けさせることに、非常に関心を持っている」

 こういう話が出ると韓国在住の友人は「模範国とかもうやめて。大統領がそれを言うと何か起こる」と嘆くが、それはともかく海外メディアは関心を持つべきだと思う。特に同じタイプの試験を控えている日本にとっては、願ってもないケーススタディになる。

 実際、12月3日の試験では、当日PCR検査の結果がわかった5名を含めた陽性判定者41名、また濃厚接触者等の理由で隔離中だった456名が「別室受験」となった。隔離対象者については、すでに地域ごとに事前に会場が設けられていたため混乱はなく、直前の「陽性者」も最寄りの病院等で受験することが可能だった。その際の試験監督官は公務員が志願したということで、みんな防護服姿で挑んだ。

ソウル市内の隔離病棟で防護服を着た監督官の下で「大学修学能力試験」に挑む新型コロナウイルスに感染した受験生(上)=2020年12月3日、東亜日報提供防護服を着た監督官の下で「大学修学能力試験」に挑む新型コロナウイルスに感染した受験生(上)=2020年12月3日、ソウル市内の隔離病棟で 東亜日報提供

 完璧なようだったが、想定外の出来事もあった。

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