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“菅流”「小政治」の強さと弱さ~危機の時代の指導者として適任か

コロナ感染症への対応、外交・安全保障、経済政策……「大政治」が必要な懸案が山積

星浩 政治ジャーナリスト

 菅義偉政権が9月16日に発足してから3カ月になる。新型コロナウイルスの感染対策を最優先課題に掲げてきたが、「Go To トラベル」事業を中心とする経済振興策に傾斜するあまり、感染の拡大と医療の逼迫を招いている。

 携帯電話料金の引き下げに代表される個別課題の解決を重視する菅首相の手法は「小政治」と言える。理念や哲学を掲げる「大政治」とは対極にある。

 コロナの感染拡大と経済への打撃を乗り超えるには、PCR検査の拡充や「Go To キャンペーン」などの個別政策に加えて、コロナ感染症の本質をとらえ、対策の長期展望を示したり、国民の結束を呼び掛けたりといった「大政治」の実践も求められている。外交・安全保障や経済政策でも、「小政治」の積み上げでは乗り切れない懸案が山積している。

 菅首相が危機の時代の政治指導者として適任かどうか。その力量が問われる局面が早くも到来している。

東日本大震災の被災地を訪れ、石巻南浜津波復興祈念公園で献花する菅義偉首相=2020年12月10日午前、宮城県石巻市、代表撮影

「3頭立ての馬車」に乗っていた安倍政権

 菅政権が引き継いだ安倍晋三前政権は「3頭立ての馬車」に乗っていた。当時の菅官房長官が自民、公明両党や霞が関の省庁との調整を担い、経済産業省出身の今井尚哉・首相秘書官兼補佐官が内外の政策決定を取り仕切った。加えて日本会議系の右派勢力が安倍氏の応援団としてネットなどで盛んに発信した。

 菅、今井両氏と右派勢力。この「3頭」に支えられ、安倍氏はアベノミクスを展開、安全保障法制の整備を強行し、国政選挙を勝ち抜いてきた。ただ、「大政治」として打ち出した「戦後外交の総決算」といったスローガンは上滑りだった。北方領土問題や北朝鮮との関係正常化などで目立った成果を上げることはできなかった。

 「3頭立ての馬車」は時折、軋轢(あつれき)を起こしたものの、馬力は失わなかった。足元をすくわれたのは、馬車に乗る安倍氏自身の森友・加計問題、「桜を見る会」問題によってだった。

首相が直接指示しないと政策が動かない状況

  安倍政権の終焉を受けて誕生した菅政権には、「菅官房長官」も「今井秘書官」も「強力な右派勢力」もいない。政策決定の中心は財務省や外務省などの省庁に移り、自民党内の支持基盤も、菅氏が独自の派閥を持たないこともあって、二階俊博幹事長が率いる二階派頼みとなった。

 その結果、菅首相が個別政策の細部について直接、指示しないと、政策が動かない状況に陥っている。携帯電話料金の引き下げでは武田良太総務相を、デジタル化の推進では平井卓志担当相を、菅首相が直接、督励しているのが現状だ。まさに「小政治」の積み重ねである。菅首相自身、「政治にとって大切なのは、抽象的な理念を振りかざすことではなく、具体的な政策で実績を積み重ねていくことだ」と考えているようだ。

 とはいえ、コロナ対策のように、政治リーダーが的確な発信を重ねて国民の理解を得ながら、感染抑制と経済対策とのバランスをとっていく課題は、個別政策の単なる「積み重ね」だけでは解決できない。

 感染を抑えるためには、営業時間の短縮など痛みを伴う施策が必要となる。その際は、首相自身が施策の意義や将来の見通しについて丁寧に説明することが欠かせない。「Go To キャンペーン」のような景気対策を導入するにしても、感染状況で中断したり、再開したりする柔軟な判断が伴わなければならない。

 そこで求められるのは、感染症と向き合う理念を示す「大政治」である。

マイナンバー制度及び国と地方のデジタル基盤抜本改善ワーキンググループの会合で発言する菅義偉首相=2020年12月11日午後5時46分、首相官邸

理念を問われて露呈した弱さ

 理念が問われる場面では、菅首相の弱さが露呈した。日本学術会議問題はその典型だ。
6人の会員任命拒否は首相の人事権の乱用であり、学問の自由を侵害しかねないとの批判が強まった。菅首相は拒否の理由などは明らかにせず、「総合的、俯瞰的判断」といった説明に終始した。菅首相は「時がたてば国民の関心は薄れるだろう」(首相周辺)と、この問題を軽視しているようだが、民主主義の根幹にかかわるテーマであり、説明不足のまま任命拒否が続く限り、首相への不信感は消えないだろう。

 菅首相が理念を打ち出せないでいる弊害は外交・安全保障でも表面化した。安倍前首相は、退陣間際に談話を発表し、敵基地攻撃能力の保有を念頭に「今年末までにあるべき方策を示し、我が国を取り巻く厳しい安全保障環境に対応していく」と述べた。北朝鮮や中国のミサイル攻撃力に対抗するため、日本独自の敵基地打撃力を整備する必要性を訴えたものだ。

 これに対して菅首相は事実上、判断の先送りを決めた。十分な議論のないまま敵基地攻撃能力を容認することには、与野党に異論があるが、菅首相は賛否を明確にすることなく結論を見送った。イージス・アショアに代わるミサイル防衛のあり方、さらには日本の外交・安全保障の全体像という枠組みを示さないままの判断先送りは、菅首相の力量不足をさらけ出した。

高齢者の医療費負担見直しで見えた「こだわり」

 一方で、財政・社会保障の分野では菅首相の「こだわり」が見えた場面もある。75歳以上の後期高齢者医療費の自己負担引き上げをめぐる判断である。現在は1割負担となっているのを2割に引き上げるが、所得制限をどう設定するかをめぐって、政府・自民党と公明党との折衝が進められた。

 年金所得が年170万円以上、対象者540万人とする政府・自民党に対し、公明党は240万円、対象者200万人とするよう主張。交渉が難航する中で、最終的には菅首相と山口那津男・公明党代表とのトップ会談が開かれ、200万円、370万人で決着した。

 この見直しによって、高齢者の自己負担は増えるが、現役世代の負担は880億円軽減されることになった。菅首相は「お年寄りには若干の負担増となるが、将来を見据えて若い人の負担を軽減しなければならない」と合意の意義を強調している。安倍政権では高齢者の医療費負担の大幅な見直しには踏み込めなかったが、菅政権では実現したという自負もあるという。

 菅流の調整政治が、世代間の受益と負担の見直しを進めたことは確かである。ただ、

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