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「法の支配」を巡るEU内の暗闘

花田吉隆 元防衛大学校教授

コロナ問題でテレビ演説するドイツのメルケル首相=ドイツ政府HPより

 すんでところで、7500億ユーロ(約94兆円)のコロナ復興基金が頓挫しかかるところだった。12月10日、EU首脳は予定通り2021年後半の基金始動を合意した。EU議長国ドイツのメルケル首相は、ほっと胸をなでおろしたに違いない。

復興基金の行方がEUに暗い影

 2020年も終わろうとするこの12月、EUには3つの暗雲が垂れ込めていた。猛威を振るう新型コロナウイルスの感染と滞る英国離脱交渉は、依然、先行きが不透明だ。そしてもう一つ、この復興基金の行方がEUに暗い影を落としていた。

 復興基金は去る7月、EU加盟各国がようやくの思いで合意にこぎつけた記念碑的な資金移転メカニズムだ(拙稿「人が集まり共同体を創ることの意味とは」参照)。コロナ禍に苦しむ加盟国に対し、その復興を支援する。経済に疲弊する国に富裕国が資金援助をするメカニズムはこれまでEUになかった。統合体といいながら金融は統合されても財政は分権のまま。そこをさらに一歩、完全な統合に向け前進したことが記念碑的と高く評価された。

 ところが、話はこれで終わらない。混乱の主役に躍り出たのがハンガリーとポーランドの2カ国。EUにおけるポピュリズムの双璧だ。移民排斥、言論統制、司法介入と、EUとしては眉を顰(ひそ)めざるを得ない動きを止める気配が全くない。かくてこれまでEUとの間に激しい応酬が繰り返されてきた。EUにとり、この蛮行は存立の基本理念を危うくする。看過できるものではなく、是正を求め強く出ざるを得ない。しかし、EUの言うことは実効性を欠いた。制裁の手段がないのだ。

 そこで目を付けたのがこの復興基金だ。加盟国における「法の支配」の確立を基金からの資金交付条件とする。11月、EUは、「加盟国において法の支配の侵害が疑われる場合、基金からの資金移転を停止する」との合意案をまとめた。ところがこれにハンガリー、ポーランドが噛みつく。EUが念頭に置いているのは疑いなくこの両国だ。このまま合意案を通すわけにはいかない。両国は、合意案を通すなら基金に加え今後7年間にわたるEU予算案の双方に対し拒否権発動も辞さないと態度を硬化させた。基金7500億ユーロ、7年間の予算額1.1兆ユーロ、計1.85兆ユーロ(約230兆円)が人質にとられたようなものだ。その後12月までの1カ月、双方で打開に向け交渉が続けられたが、解決の糸口は見いだせないままだった。

 EUにとり、これは基本理念に関わる問題であり譲歩の余地は全くない。ハンガリー、ポーランドも、強面のヴィクトル・オルバーン首相とアンジェイ・ドゥダ大統領が一歩も引かない構えだ。こうして、2020年の暮れを迎えてしまった。もし、EU予算が成立しなければEUは機能停止に陥る。復興基金もその支給を待つ加盟国は一刻も早く手続きを進めて欲しいが店晒しだ。

 事態ここに至り、その予想外の展開にメルケル首相は、あわてたに違いない。

 2020年後半、ドイツはEU議長国だ。半年ごとに回ってくる議長国の座をドイツは長い間待っていた。議長国になったら、EUが抱える懸案に風穴を開けたい。議長国就任直後の7月、EUにとり記念碑的な復興基金をまとめ上げた。統合のプロセスを一段階引き上げたのだから、その成果は胸を張っていい。当時、感染は下火だったし、英国離脱も期限までまだ間がある。このままいけば12月には堂々と議長国の役を終えることができる。

 実は、メルケル首相にとり、それはもう一つの意味を持っていた。メルケル首相は2021年9月の総選挙をもって政界を引退する。EUの統合プロセスを進めることは、自らのレガシーとして申し分ない。復興基金を無事船出させることは、そういう意味も持っていた。

 ところが、事態がまさかの暗転だ。コロナは再拡大が止まらず、英国離脱はこのままいけば英EU交渉の妥結ないまま期限を迎えることになり、経済の混乱は必至だ。何より、自分が記念碑としてまとめ上げた復興基金が砂上の楼閣として雲散霧消する。そんなことは決してさせない、12月10日、ブリュッセルに乗り込んだメルケル首相は不退転の思いで交渉に臨んだ。議長国として残すところ3週間、今年最後のEU首脳会議だ。もう後がない。

27カ国合意にこだわったメルケル首相

 もっとも、メルケル首相にとり、背水の陣は珍しいことではない。事態の推移をじっと見守り、コンセンサスが熟す時を待つ。もう後がないというギリギリのところで交渉の場に出、議論をまとめ上げる。思えば7月の復興基金も、「倹約4カ国」といわれるオランダ等が強硬に反対する中、資金移転メカニズムをギリギリのところでまとめ上げた。「熟柿政治(熟した柿が落ちるのを待つ手法)」を得意とするメルケル首相にとり、

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