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イエメン内戦5年、人口の8割が援助に依存する人道危機がコロナ禍で破局へ

[16]病院空爆による医療崩壊、全人口の4分の1が栄養失調

川上泰徳 中東ジャーナリスト

 イエメンでは2015年3月から内戦が続き、破壊と経済の破綻、さらにコレラなど伝染病の発生や子供の栄養失調などが蔓延し、新型コロナウイルス感染が広がる前から「世界最悪の人道危機」と言われていた。2980万の人口のうち、8割以上の2400万人が国連機関などの援助を必要としている国で、コロナ禍によって人道危機が破局につながりかねない状況となっている。

 2011年に始まった「アラブの春」で軍出身の大統領が辞任し、2012年に暫定政府ができて民主化プロセスが始まった。だが、2014年に北部で蜂起したシーア派の武装組織フーシが首都サヌアを制圧し、15年3月から暫定政権との内戦に突入した。さらに2019年8月には南部独立派勢力が暫定政権軍を排除して南部の港湾都市アデンを支配し、現在は、暫定政権、フーシ、南部勢力の三つ巴の内戦となり、停戦の動きも進んでいない。

 コロナ感染者は4月に南部の暫定政府支配地域で初めて陽性者が確認されたが、2020年12月24日時点の確認陽性者は2091人、死者は607人といずれも極端に少ない。全く実態を反映していない数字と見られ、それだけに不気味な数字である。

イエメンの新型コロナウイルス感染状況(2020年12月24日時点) 出典:世界保健機関イエメンの新型コロナウイルス感染状況(2020年12月24日時点) 出典:世界保健機関

 確認陽性者のほとんどは暫定政府支配地域で、フーシが支配している広大な地域での確認は非常に限られている。もともと医療が崩壊している中で、コロナの検査も治療も十分にできない状況になっているとみられる。

最悪の場合、全人口の9割以上が感染

イエメン南西部の都市タイズを訪れる人たちへの医療検査場で=2020年2月 anasalhajj
/Shutterstock.comイエメン南西部の都市タイズを訪れる人たちへの医療検査場で=2020年2月 anasalhajj /Shutterstock.com

 イエメンの惨状については、国際的な支援組織「国際救済委員会」(IRC)が「2021年の世界が目を向けなければならない10大危機」という12月の報告で、もっとも深刻な危機が予想される国としてイエメンをトップに挙げている。内戦や紛争が続くアフガニスタンやシリアよりも深刻で、「絶え間ない紛争と飢饉の恐れ」があるとして、3年連続で最悪国に位置づけた。

 IRCは次のように記述する。

 「5年間、戦闘が続き、国際的な支援も不足し、さらにコロナ危機によって、人道的な対応は2020年に崩壊の淵に追い込まれた。人口の80%が援助を求めている。イエメン人はコロナ感染よりも飢餓のほうをより恐れているという。コロナの感染拡大はイエメンの経済危機を深刻化させている。内戦の政治的な解決が見えない状況で、イエメンは飢饉の危機に瀕している」

 IRCが7月に出したレポートではイエメンではこれまでに23万3000人が紛争で命を落としたと推計し、「死亡の多くは食料や医療、電気・水道などの社会インフラが欠如していることが原因」と書いている。コロナ対応の医療インフラについては、全土でわずか380台の人工呼吸器しかなく、ICU(集中治療室)のベッドは710床という。人口55万の南部の主要都市アデンではコロナ対応のベッドは60床で、人工呼吸器は18台しかないという。

 イエメンでのコロナ蔓延についてIRCは、人口の55%にあたる1600万人が感染し、4万2000人が死亡する可能性があるとし、もし対策が何も取られなければ、最悪の場合、全人口の9割以上が感染し、8万5000人が死亡することにもなりかねないと予測する。

 イエメン内戦では、イランがシーア派のフーシを支援し、それに対してサウジアラビアとアラブ首長国連邦(UAE)が主導して、2015年にアラブ有志連合が形成され、フーシ支配地域への空爆を始めた。紛争や人道危機のデータを収集する市民組織「武力紛争地と事件のデータプロジェクト」(ACLED)によると、「5年間の内戦で、11万2000人が直接、戦闘によって死亡し、そのうち1万2600人の民間人が意図的な民間地域攻撃で死んだ」としている。

 民間人の死者のうち約8000人については、サウジとUAEの空爆による死者と見られ、戦争犯罪の疑いがあるとして国際的に批判されている。両国とも米国の戦闘機や武器を使ったもので、米国の上院、下院とも2019年に両国への武器売却を停止する決議を採択したが、トランプ大統領が拒否し、大統領の判断で武器売却が続いてきた。

 サウジとUAEの無差別空爆で問題になっているのは、病院施設に対する空爆だ。国連人道問題調整事務所 (UNOCHA)が今年3月に発表した報告によると、世界保健機関(WHO)は2015年以来、病院や医療施設に対する142件の攻撃があったことを記録し、国内にある病院や医療施設のうち機能しているのは半数に過ぎないという。病院攻撃はフーシによる砲撃もあるものの、サウジとUAEによる空爆が目立っている。内戦による病院破壊が、コロナ感染対応でも深刻な阻害要因になっている。

「医療システムはコロナによって完全に破綻した」

 UNOCHAが4月に掲載した記事によると、WHOはコロナ感染に対応するために、イエメン各地に各5人、333の緊急対応チームを送るプロジェクトのほか、国内37の病院にコロナ専門病棟の整備のための設備提供を始め、5月上旬にはすべて稼働するとしていた。

 IRCの7月の資料によると、病院の問題以前に、

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