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現実世界の変化を、ゲームを使って促す

「ゲーミフィケーション」とは何か

塩原俊彦 高知大学准教授

 コンピューターのネットワークを中心に形成されるコミュニティのなかで、コーダー(ホームページやプログラムのファイルを制作する人)次第で向社会的な行動の促進を試みることが可能だとの認識が広がっている。オリバー・ラケットとマイケル・ケーシーの共著『ソーシャルメディアの生態系』(原題はThe Social Organism)で、そう指摘されている。

 これを利用して、ビデオゲームのメカニックやデザインを利用して、人々の行動を何らかの行動に動機づけたり目標に向かわせたりする「ゲーミフィケーション」(gamification)と呼ばれる試みがもう10年以上前から世界中で広がっている。ここでは、このゲーミフィケーションについて世界の潮流を紹介したい。

ゲーマーの全体像

Shutterstock.com

 世界全体のビデオゲーム愛好者(ゲーマー)の数は2019年に24億7000万人だったが、2020年に26億人に増加すると予想されている(Number of Gamers Worldwide 2020/2021を参照)。米国のエンターテインメント・ソフトウェア・アソシエーションがまとめた2019「基礎事実」によると、米国には1億6400万人以上の成人のゲーム人口があり、「米国人の4分の3が家庭内に少なくとも1人のゲーマーをかかえている」という。ゲーマーの54%は男性で平均年齢が32歳であるのに対して、女性の割合は46%で平均年齢は34歳とされている。平均65%のゲーマーが毎日ゲームを楽しんでいるという。

 別の統計によると、世界全体のゲーマー数は2020年に26億9000万人にのぼる。同年の米国のゲーマーを年齢別構成比でみると、18歳超~34歳以下が38%ともっとも高く、34歳超~54以下が26%、18歳以下が21%、55歳超~64歳以下が9%、65歳超が6%となっている。

 ゲームを楽しむようになると、その習慣は長く継続する傾向にあり、ゲーマー数は年々増加傾向をたどる。その結果、ゲーマーの年齢層は必ずしも若年層中心ではなく、壮年期の人も多い。昔は、ゲーマーの大多数は男性だったが、男女の割合の格差はなくなりつつある。

「ゲーム・フォー・チェンジ」

 このようにみてくると、ビデオゲームが着実に世界中に浸透していることがわかる。つまり、ゲームに慣れた人々にゲーミフィケーションを使ってさまざまな動機づけや目標などを方向づけることが容易になりつつあると言える。

 もっとも有名なゲーミフィケーション推進団体として、ニューヨークに本拠を置く非営利団体、「ゲーム・フォー・チェンジ」がある。現実世界の変化を、ゲームを使って促すことを目的に2004年に設立された。毎年、「G4C(Games for Changeのこと) FESTIVAL」が開催され、ワークショップ、デザインチャレンジなどを通じてアイデアやリソースの交換を促進している。2021年にも、第18回のフェスティバルが7月12~14日に開催予定だ。

 この団体のサイトにアクセスすると、過去のG4Cアワードの受賞作品などのゲームをプレイできる。たとえば、「1979年の革命:ブラックフライデー」は、プレイヤーを崩壊寸前のイランの陰鬱な世界へ誘う選択制の物語型ゲームで、プレイヤーの選択が革命での経験と、取り巻く人々の現在や未来の運命をかたちづくる。あるいは、「グリス」という、自分の世界に迷い込んだ希望に満ちた少女の名前を冠したゲームでは、プレイヤーは、繊細なアート、緻密なアニメーションなどで生命を吹き込まれた、細心の注意を払って設計された世界を探索する。こうしたゲームを通じて、自分を取り巻く世界を変えるという方向へとゲーミフィケーションされることになるのだ。

ロシアのゲーミフィケーション

 筆者がゲーミフィケーションに興味をもったのは、ロシアにおいてもゲーミフィケーションが広がっているからである。しかも、いかにもロシアらしさを反映している。

 サンクトペテルブルクを拠点に活動する弁護士やジャーナリストが設立した非公式団体である「コマンドゥイ29」(Team29)は、2017年に、抗議行動に対する国家からの嫌がらせのリスクにどう対抗すべきかを若い活動家などにゲームを通じて学んでもらうためのゲーム、「ゲブニャ」(ロシア語でKGBを意味する俗語)を開発・公開した。このゲブニャは、ロシアの警察や連邦保安局(KGBの後継機関、FSB)などとのコミュニケーション方法や、自分や家族、自分の情報を守る方法をユーザーに教え

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