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モロッコ王政は、中国製コロナワクチンの接種がその命運を左右する

[22]観光業などへの打撃、イスラエルとの国交正常化に対する反発

川上泰徳 中東ジャーナリスト

 モロッコでは2021年1月末から中国・シノファーム製の新型コロナウイルス・ワクチン接種が始まり、2月7日までに46万人が接種を終えたと発表した。

 中国製ワクチンには安全性や有効性への懸念があるとされながらも、高い有効性がうたわれる米国製ワクチンの供給が回らないなか、中国製ワクチンに大きく依存する途上国は少なくない。

 モロッコでは2021年2月12日時点で、確認陽性者は47万7160人、死者は8440人である。モロッコの人口は3690万で、日本の人口規模に換算すれば、約150万人の陽性者、約2万8000人の死者に相当する深刻な状況である。

モロッコの新型コロナウイルス感染状況(2021年2月12日時点) 出典:世界保健機関モロッコの新型コロナウイルス感染状況(2021年2月12日時点) 出典:世界保健機関

 モロッコでは2020年3月初めに最初の感染者が出た後、3月20日から「医療非常事態」を宣言し、カフェやレストラン、映画館などの営業停止を決め、営業できるのは食料品店、薬局、銀行、診療所、電話局など市民生活に必要な施設に限定された。午後6時以降の外出も禁止された。さらに集会の禁止なども布告された。

 厳しい行動規制で5月後半には新規の陽性者は100人以下になった。その後、6月中旬から行動規制の段階的緩和を始めると、すぐに陽性者、死者が増加に転じた。1日の新規陽性者は8月初旬、1000人台になり、9月中下旬に2000人台、10月下旬に3000人台と増加し、11月中旬には6000人を超えた。その後、再び夜間の外出が禁止されて減り始めたが、2021年2月上旬はなお700人~800人台になった。

 米シンクタンクのブルッキングス研究所が掲載し論文「新型コロナの対応策のコスト:モロッコの例」(2020年12月23日付)によると、「自動車関連、航空関連、繊維など輸出関連産業が(コロナ対策の)影響を受け、1月~4月で輸出が19.7%減少した。2020年の経済成長はマイナス6.6%と予測されている」という。

 さらに都市封鎖政策によって失業率が「2001年以来、最も高い水準となった」とし、「2019年の9.1%に対して、2020年は13%になった。都市部では2019年第2四半期(4月~6月)の13.1%に対し、2020年同期は15.6%となった。24歳から35歳の青年層の失業は22.6%と記録的な高さとなった」とする。

 都市封鎖による企業への影響については、登録企業の57%にあたる14万2000社が操業を停止したとし、うち13万5000社は一時的な操業停止だが、6300社は廃業になったという。操業を停止した企業の72%は零細企業だった。最も影響を受けた産業の一つは、カサブランカなどの観光地を抱え、GDPの6.4%を占める観光業で、関連産業の89%が事業活動を停止、2020年から22年で140億ドル(1兆5000億円)の損失になるという。

 厳しい行動制限でコロナ感染を抑えつつも、経済への打撃が国民生活を圧迫し、人々の間に不満が広がるというのは中東各国に共通している。モロッコも都市封鎖を延々と続けられるわけではなく、規制を緩和すれば、すぐに感染が拡大するというジレンマに陥った。

モロッコ最大の都市カサブランカ Nessa Gnatoush/Shutterstock.comモロッコ最大の都市カサブランカ Nessa Gnatoush/Shutterstock.com

シノファーム製の導入と中国のワクチン外交

 コロナ対策と経済悪化の連関を断ち切るために、ムハンマド6世国王は、2020年11月上旬、王宮で国家科学委員会を開き、その助言のもとに、ワクチン国民全員接種の実施を決定した。この発表では、接種開始の時期やワクチンの種類などは特定されなかった。

 モロッコには2院制の議会があり、立憲君主制をとるが、国王は軍の最高司令官であり、国の重要事項では決定権を持つとみなされている。医療非常事態宣言が発出され、国民全員のワクチン接種が国王の決定とされたのも、コロナ対策が国家の安全保障に関わる重大事という位置づけなのが分かる。

 12月8日、王宮はまず80%の国民に無料でワクチン接種をするとして、具体的な接種計画を示した。AP通信の報道によると、ワクチン接種は、最初は中国製のシノファームで、医療従事者や高齢者などに優先的に実施した後、一般成人に広げるという。全国2888カ所の接種センターのほか、工場や警察署、大学などに移動接種車も出し、接種作業のために1万2000人の医療従事者の動員が発表された。中国製ワクチンとともに、英国の製薬大手アストラゼネカとオックスフォード大学が共同開発したワクチンも使われることが明らかになった。

中国・シノファームが開発した新型コロナウイルスのワクチン中国・シノファームが開発した新型コロナウイルスのワクチン

 中東では2020年夏以降、アラブ首長国連邦(UAE)、モロッコ、エジプトがシノファーム社と契約を結んで、治験を実施し、国内承認に向けた準備を進めていた。モロッコでは600人のモロッコ人が治験に参加したという。UAEはシノファーム製ワクチンの治験の結果、有効性を86%と発表し、シノファーム・ワクチンを正式に登録した。

 モハメド6世国王は2016年に北京を訪問して、習近平国家主席と会談し、戦略的パートナーシップを締結した。今回のシノファーム・ワクチンの導入も、両国の協力と位置付けられた。さらにモロッコ国営通信社が保健省幹部の話として伝えるところでは、最初は中国で製造されたワクチンを使うが、モロッコ国内でもシノファーム・ワクチンを製造するとしている。

 モロッコでのシノファーム・ワクチンの大規模接種の開始は、中国による途上国へのワクチン外交の例であり、

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