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“会食政治”はポスト・コロナで終わる?!~首相長男の接待問題は政権の致命傷

田中秀征 元経企庁長官 福山大学客員教授

 「会食」が今年の「流行語大賞」になるのだろうか。コロナ禍のもと、すっかり日常的に使われるようになったこの言葉は、菅義偉首相の長男による会食接待問題でいかがわしささえ漂わせるようになった。

 「7万円の和食」を提供された山田真貴子・前内閣広報官(接待当時は総務官僚)は、誰に向かって「ごちそうさま」と言ったのだろうか。これだけ高額であれば、礼を忘れるわけにはいかないだろう。

 山田氏は自らの名誉のためにも、総務省、東北新社、菅家について、関係する事実をすべて明らかにすべきだ。そうでなければ生涯、「あの7万円の人」と言われることになりかねない。

衆院予算委で答弁する山田真貴子内閣広報官(その後辞任)=2021年2月25日、国会

霞が関・永田町にはびこる“会食文化”

 ただ、今回の一件を契機に、霞が関や永田町のはびこる“会食文化”にメスを入れることができれば、日本の政治や行政に思いがけない好影響を与えるかもしれない

 霞が関・永田町の会食には大きく、①政治家同士、②官僚同士(いわゆる官官接待)、それに③政治家と官僚、④政治家や官僚と利害関係者――の四つがある。④が最も多様で犯罪にもつながりがちだが、税金を使った官官接待も、表には出にくいが質の悪さでは負けていない。

 まだ、昭和の頃だが、ある代議士が私に「役人に飲ませるのに月に50万円はかかる」と言ったことがある。その代議士も官僚出身だったが、それがふつうの“文化”だったのだろうか。

 衆議院の委員会理事と役所の幹部との懇親会で、女将(おかみ)が「あの局長は、ひれ酒。ひれも焦げるほど焼いたのが好き」と従業員の女性に指示しているのを聞いて、びっくり仰天したこともある。私はその時、「ひれ酒」の何たるかも知らなかったが、当時の官僚がふつうに料亭に通っている常連であることを知った。

 もちろん、当時と今とでは事情は大きく違うだろうが、政治も行政も劣化しているとすれば、意外と五十歩百歩かもしれない。接待を受けた総務官僚たちは、よもや本件が明らかになるとは思わなかったのだろう。

 かつては政治家の間で「近く会食しよう」という誘いのことを、“近飯”(きんめし)と言っていた。私が政治の現場から離れてもう25年になるから、今もそう言われているかどうかは知らない。

 政治家は人と食事をするのが好きらしい。なにかと忙しい(?)にもかかわらず、一晩に何カ所も会食に付き合う人が少なくなかった。きっと政治家同士で会食していると「政治をやっている」と錯覚するのだろう。私自身は明確な用件がなければめったに会食には出ないから、政界では変人と思われていたようだ。

酒がわりにオレンジジュースを飲んだ河野一郎氏

 私が“不要不急”の会食に応じなかったのは、なにも道義的な理由からではなかった。単に食べながら考えたり話したりすることが、苦手だったからに過ぎない。だから、今でもそれは変わらない。

 どんなに立派な懐石料理を用意されても、話が佳境に入り、真剣味を増すと、どんな品がでてきたのかさえさっぱり覚えていないから、高価な料理も意味がなくなる。

 その昔、政界の“実力者”だった河野一郎氏(河野太郎行政改革担当相の祖父)と佐藤栄作氏(安倍晋三首相の大伯父)は共に下戸で、河野氏などは会食の際には、強面にはおよそ似合わないオレンジジュースを頼んでいたと言う。

 実力者が下戸の場合、酒や料理の前に会談をすませる。そして、その結論が出てから手を打って、飲食を始める合図をしたとも言われる。会談が先行すると、後日、「あれは酒の上の話」として逃げるわけにはいかなくなるという“効果”もあったようだ。

「料亭で会談」という記事に抗議が殺到した細川首相

 私が首相特別補佐をつとめた細川護熙首相は、もともと無意味な会食が嫌いで、“料亭政治”などを強く批判していた。ところが、首相就任後にちょっとした会食が「料亭で会談」という記事になり、首相官邸に抗議が殺到したことがあった。“料亭”と報道されたので、遊興と誤解されたのだろう。

 ただ、会食する場所がホテルならよくて、料亭なら悪いということは、一概には言えない。あくまでも、誰と会い、何を話すかが問題だ。あえていえば、料亭の会食にもいい点がある。どこか遊びや息抜きといった印象が伴うこともあってか、秘書官などの官僚は同席をはばかるからだ。これがホテルでの会合となると、官僚も当たり前のように同席する。その結果、会談の内容が霞が関に知られることになる。

 要するに、政治の世界に連綿と続く会食文化は、政治家の“節度”の度合いによって、良くもなり、悪くもなるものなのだ。根本的な問題は、昨今の政治の質と節度が低下していることだろう。

会食費の元は税金

 さて、政治家の支出は実に種々雑多に及ぶが、その主たるものを挙げると、人件費、事務所経費、機関誌などの広報費、それに会食費だろう。そして、現在ではその多くが国からの政党交付金によって賄われている。

 つまり、会食費もほとんど税金から出ているわけだ。とすれば、納税者からの厳しい監視が必要になるのは当然だろう。

 政党交付金と言えば、宮沢喜一元首相が私に「税金を使って政治活動をすると言うんじゃ、政治家はおしまいだ」と強烈に皮肉ったことがある。確かに、政治の質を高めるために導入された政党交付金が、逆に政治のさらなる劣化を招いているとしたら救いがたい。「大事な政策について話す会食」と言っても、額面通り信用する人は少ないのが現状だろう。

Omongkol/shutterstock.com

「会食」がらみで二度つまづいた菅首相

 菅義偉首相は就任以来、この「会食」がらみで二度つまづいてしまった。

 一度目は、王貞治、みのもんた氏などの有名人を含めた8人の会食だ。王氏などには、実に迷惑な話だったと思う。これは自民党の二階俊博幹事長が主宰する会食であったということだが、コロナ感染拡大で政府が大人数での飲食を控えるよう呼びかけるなかでのことだから、世間の風当たりは想像以上に強かった。

 首相には直接関係はないが、今回東京五輪組織委員会の会長に選出された橋本聖子氏(当時五輪担当相)の大人数での会食問題、さらに与党議員の相次ぐ“掟(おきて)破り”に対する世論の反発は厳しく、 内閣支持率が急落する一因となった。

 もうひとつは、前述した首相の長男による会食だ。いわゆる総務省幹部接待問題で、これが内閣、特に首相個人への逆風に致命的な追い打ちをかけている。

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