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尖閣諸島、浪高し!~中国海警法から1カ月、日本には唯一“戦略的臥薪嘗胆”の道①

漁船追尾、「危害射撃」、様相は「開戦前夜」

甘粕代三 売文家

 中国は2月1日、海警局艦艇に武器使用を認めた海警法を施行、1カ月余りが過ぎた。中国海警局艦艇の尖閣(中国名:釣魚台)領海侵入は同法施行5日目の2月6日に始まり翌7日まで、15日~16日、20日~21日と6日に及び、このうち20日を除く5日間は日本漁船を追尾している。

 尖閣諸島のお膝元ともいえる石垣島の『八重山日報』は21日の紙面で追尾を受けた漁船船長の談話を紹介している。

 「安全に漁ができる環境ではなかった」。15日から2日間、尖閣周辺で操業した市議の仲間均氏(71)が緊迫する海域の様子を振り返った。2人乗りの漁船「鶴丸」で尖閣海域に到着した時、海警局船は既に2隻が周辺で待ち構えており、翌日まで約26時間にわたって追尾されたという。

 16日には尖閣周辺の別の海域で、県内の漁協に所属する船が別の海警局船2隻の追尾を受けた。海警局船が二手に分かれ、違う海域で漁船を同時追尾するのは珍しい。漁船を尖閣周辺で発見した場合は即時に追尾を開始し、威圧を加えて積極的に周辺海域から排除する意図が見て取れる。

岸信夫防衛相=2021年2月14日、首相官邸岸信夫防衛相=2021年2月14日、首相官邸

 高まり続ける緊張を受けて、日本政府も終に重い腰を上げた。防衛相・岸信夫は26日、沖縄県・尖閣諸島に外国公船(=海警局艦船)から乗員が上陸を強行しようとした場合に、阻止するため、自衛隊による「危害射撃」が可能との見方を示した。

 「危害射撃」は警察官職務執行法7条に規定され、防衛相が海上警備行動を発令すれば、自衛隊に同法が準用される。岸は「(自衛隊は)事態に応じて合理的に必要とされる限度で武器を使用できる。海上警備行動で警職法7条のもと行動する」と述べた。政府関係者はいずれについても従来解釈の変更ではないと説明しているが、この時期に従来通りとはいえ、「危害射撃」を打ち出したことには大きな政治的意図があることは明白である。

 これに対して中国は猛烈に反発。中国国防省は3月1日、「中国公船は自国領海で法執行活動を行っており、今後も常態化していく」とホームページで明らかにし、尖閣周辺の活動を正当化。また、中国外務省報道官は1日の定例記者会見で「いかなる挑発行為にも断固対応する」と反発した。

 1972年の日中国交正常化以前から日華、日中関係の喉元奥深くに刺さった巨大なクジラの骨のような尖閣領有権問題は、中国の海警法施行によって“開戦前夜”の様相を呈している。

海警法と「管轄水域」

 先ずは海警法が何を規定しているのか、理解しなければならない。

 海警法は①中国の「管轄海域」で、国家主権や海洋権益に危害を与える行為を予防、制止、排除する②外国政府の船舶が管轄海域に入った場合は、強制的に退去させることができる③外国の組織や個人に主権や管轄権が侵害された場合には、武器の使用を含む一切の必要な措置を取ることができる――としている。ここで問題になるのは「管轄水域」である。

 現在168の国と地域、欧州連合が批准している国連海洋法条約は海洋法に関する包括的制度を規定している海の“国際憲法”とでもいうべき条約で、日本、中国はともに1996年に批准、発効している。この条約は領海(領土から12海里)および接続水域(さらに12海里)、排他的経済水域(=EEZ、200海里)、大陸棚、紛争解決のための国際海洋法裁判所設置などを規定。しかし、「管轄水域」に関しては何の規定もできていない。

尖閣諸島の(手前から)南小島、北小島、魚釣島=2013年5月15日、沖縄県石垣市、朝日新聞社機から尖閣諸島の(手前から)南小島、北小島、魚釣島=2013年5月15日、沖縄県石垣市、朝日新聞社機から

 中国のいう管轄水域とは自らが主張する領土、即ち尖閣を起点とした領海、接続水域、排他的経済水域を指してのことであることは言を俟たない。また、中国は同条約が規定する大陸棚に関して沖縄諸島西側の沖縄海溝までの主権を主張し、2012年には大陸棚限界委員会に大陸棚延長申請を提出している。これは日中中間線よりも更に東、つまり日本側に張り出す形となるため、中国の領土的野心拡大と日本では受け止められた。

 国連海洋法条約は紛争解決の舞台として国際海洋法裁判所を開設しているが、尖閣水域の現状を見ても明らかなように、条約と裁判所が領土紛争解決に向けた全知全能の斧になってはいないことは明らかだ。領土紛争が武力以外の手段で解決した例が世界史にも稀であるように、国際海洋法裁判所も国際司法裁判所も蟷螂の斧と言わざるを得ない。これが尖閣をめぐる過酷な現実なのである。

海警局設置と人民解放軍の関係

 海警局の歴史は実は浅い。それまで中国国務院5官庁に分散していた海上保安機関を2013年、一つにまとめた組織である。時あたかも日本が尖閣を「国有化」した翌年のことである。そして5年後の2018年には中国共産党中央軍事委員会が指揮する人民武装警察部隊の下に置かれる。この時、同時に武装警察隊自体も国務院傘下から党軍事委員会の組織となっている。

 ある中国研究者はこの組織改編の背景と目的を次のように語る。

 「武装警察は人民解放軍と同じく不正・腐敗・汚職がつきものでした。例えばカラオケ店です。お色気、お持ち帰りサービスのあるカラオケ店でも解放軍、武装警察隊の経営であれば警察は手を出せないのです。それをいいことに荒稼ぎをしたのです。カラオケ店はそうした一例にすぎず、額が桁違いの不正も横行していました。こうした腐敗撲滅のために武装警察隊を国務院から党軍事委員会直轄にしたのです。海警局を武装警察隊傘下に収めたのも同じ理由からです。そして2月1日に施行された海警法は国内法に過ぎず、これまで皆無だった海上行動に関する国内法を整備して暴走、暴発を防ぐという狙いが主眼であったと見ることもできます」

2021年2月16日に日本漁船を追って領海侵入した海警「1305」。船の前方部分に砲のようなものを搭載している=海上保安庁提供、2019年8月撮影2021年2月16日に日本漁船を追って領海侵入した海警「1305」。船の前方部分に砲のようなものを搭載している=海上保安庁提供、2019年8月撮影

 これが日本の報道にかかると、人民解放軍の指揮下、海警局艦艇には銃のようなものが装備され……と極めて禍々しいものになる。しかし、アメリカのコーストガードが国防総省配下の5軍の一つに数えられるように、海上保安機構はどこの国でも武装した軍の補完勢力と位置付けられている。

 日本の海上保安庁とてその例外ではない。ただ平和憲法があるために、それを白日の下にさらすことができないだけだ。上陸の事態を想定しても警職法という古証文しか出すことのできないのが日本の置かれている現状なのである。