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本当は減っていない日本の交通事故~統計数字が暴く見せかけの安全神話

交通事故は本当に減っているのか?(上)

斎藤貴男 ジャーナリスト

 警察庁の発表によると、昨年1年間における全国の交通事故死者数は2839人で、対前年比11.7%減。統計が取られるようになった1948年以来、最も少なかった。かつて1万人超が常態化し、“交通戦争”とまで称された悪夢のような時代(1959~75年、1988~95年)とは、かなりの様変わりのように映る。

交通警察の努力の賜?

 交通事故統計によれば、発生件数自体が大幅に減ったという。昨年の30万9000件は、年間100万件近かった2000年代前半の約三分の一。36万8601人とされる負傷者数も、過去最悪の118万1681人を記録した2004年の、やはり3割程度だったということになっている。

 交通警察の努力の賜物なのか。小此木八郎・国家公安委員長は、この発表直後の記者会見で特に死者数の減少を取り上げ、こう述べた。

 「4年連続で戦後最少を更新し、初めて3000人を下回りました。政府をはじめ、関係機関・団体や国民一人一人が交通事故の防止に向け、積極的に取り組んできた結果だと考えております。
 しかしながら、今なお多くの尊い命が交通事故で失われていることには変わりなく。(中略)交通事故のない安全で快適な交通社会を実現することは、国民すべての願いであり、政府の重要課題であります」

 現状は交通安全教育や取り締まりの強化、飲酒運転の厳罰化、シートベルト着用の定着、車両の安全性向上、救助・救急活動の充実などの成果とされている。政府は今後も気を緩めることなく、世界一安全な道路交通を実現させたいと強調しつつ、死者数や負傷者数を大幅に低減させた実績を自画自賛していると言っていい。

B toy Anucha/shutterstock.com

交通事故の被害者減少に疑問

 ただ、筆者にはかねて、交通事故に関するデータや人口に膾炙(かいしゃ)した言説に、強い違和感があった。しばしば報道される高齢ドライバーの増加や、あおり運転の跋扈(ばっこ)ばかりを言うのではない。それはそれで重大だが、より一般的な、たとえば運転中の携帯電話・スマホ使用の横行や、SUV(多目的スポーツ車)の大ブーム、社会の分断に伴う人心の荒廃等々が、問題でありすぎる。

 そうした潮流に照らせば、交通事故の被害者が激減することなどあるはずがない、とさえ考えてきた。

 運転中の通話が危険なのは論を俟たない。だからこそ2004年の道路交通法改正で警察官の現認だけでも罰金の対象とされ、19年12月の道交法改正では、罰則がさらに強化されてもいるのだが、あまり抑止力にはなっていないようだ。またSUVについては、きわめて攻撃的な設計上の特性を伴い、普通の乗用車の3倍近い殺傷力を有していると、『ニューヨーク・タイムズ』のデトロイト支局長だったキース・ブラッドシャー記者が批判している(村岡真美訳『SUVが世界を轢きつぶす』築地書館、2004年)。

「交通戦争」時代を超える状況

 走行中の携帯電話が野放しだった恐怖については、かなり力を入れて書いたことがある(拙稿「普及する携帯電話 軽くなる命」〈『バブルの復讐 精神の瓦礫』講談社文庫所収、2003年〉)。だが、死傷者数の問題は、専門家ではない筆者にはハードルが高すぎた。それが、昨年末、疑念の少なくとも一部は的外れでなかったことがわかったのだ。

 証明してくれたのは、日本損害保険協会の元職員で、現在は保険評論家の加藤久道氏(1947年生まれ)の手になる『交通事故は本当に減っているのか?』(花伝社)だ。それによれば、交通事故による死者数は確かに減っていると思われるが、負傷者を合わせた死傷者数は決して減ってなどいない、実質的には「交通戦争」時代を超える状況だ、という。

 それが本当なら、またぞろ“統計偽装”ということか。帯にあった〈衝撃の事実〉ではないか。加藤氏に会って話を聞いた。

事故統計と自賠責保険の支払い件数が乖離

〈表〉交通事故統計数値と自賠責保険支払件数および事故件数乖離率(『交通事故は本当に減っているのか?』から)
--衝撃の事実とはどういうことでしょう?

 「警察庁交通事故統計と、自賠責保険の支払件数の乖離(かいり)が、この13年ほどの間に、著しく拡がっているんです。自賠責というのは法的に加入が義務付けられている、いわゆる強制保険ですね。
 支払いベースですから、事故の発生時とは時間差があり、イコール当該年の事故件数ではない。しかし一定の傾向を示すことは確かで、結果的に警察庁の統計と近似値になるはずのもの。実際、死亡件数は以前も現在も、ほぼ同様の数値です。統計の数字を自賠責の支払件数で割った『乖離率』が、常に1.0前後で推移している。
 負傷者の場合はまったく違う。自賠責では『傷害件数』と言いますが、2006年頃までは死亡件数と同様に、警察統計との乖離率が1.0前後だったのに、07年に0.89となって以来、みるみる乖離が進んでいきました。2010年に0.79、13年0.65、17年0.51と来て、18年ではなんと0.48。なにしろ自賠責の支払件数109万7004件に対して、警察統計の負傷者数は52万5846人にしかなっていないのですから。警察庁の統計は交通事故の実態を反映していないということです」(〈表〉参照)

--おかしな、というか、いささか異常な話ですね。どうして、そんなことに?

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